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そのまましばらく景観を眺めていたが、夏樹が珍しく、後追いしてからかって来なかったことを不審に思い、横顔をそっと伺い見てみる。
すると、
「やっと笑ってくれた」
夏樹がポツリと言う。
「え?」
「ずっと、笑ってなかっただろう」
「……そ、んなことはないよ」
ぎこちなく否定する鈴音に、夏樹は、
「いいや」
と首を振る。
「春がいなくなってから、鈴音は十分過ぎるほどに苦しんだ」
春一の名前を耳にすると、いまでも胸がズキンと痛む。
春一はいなくなった。
鈴音に別れを告げ、弟たちの前からも忽然と姿を消してしまった。
そしてその夜、鈴音は夏樹に身を任せた。
最初は春一が消えて、自身を失いかけた夏樹を支えるためにそうしたのだと言い聞かせていたのだが、
やがて鈴音も、自分が不安を受け止めきれなかっただけなのだと自覚する。
春一に置いて行かれて苦しんだのは夏樹だけではない。
鈴音も辛く、そして苦しすぎたのだ。
鈴音は自分自身のために、夏樹に抱かれた。
夏樹の腕に縋ることで、なんとか正気を保っていられたのだ。
そのことに気づいた鈴音は、
「春さんを裏切った」
ずっと自分を責め続けている。
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