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「そんな気もするんですけど、……覚えてません」
本当だった。
目が覚めた今は、もう何も覚えていない。
たださっきまでひどく悲しくて、悲しくて……。
でもほんの少しだけ、幸せだった記憶がある。
悲しくて幸せな夢。
だけど、どんな夢だったのか、今は何も思い出せない。
だた胸がキュウッと痛い。
と、
「鈴音」
春一が顔を寄せて、瞼に軽いキスをくれた。
「大丈夫だよ」
ゆったりと笑う。
「俺が守るから」
春一の言葉に、鈴音はホッと息をついた。
夢なんか思い出さなくてもいい。
思い出す必要は、ない。
「ええ、春さん」
鈴音はポスンと春一に抱きついた。
「側にいてくださいね」
一瞬、
「……あれっ?」
と思った。
せっかく『守る』と言ってくれたのに、鈴音が望んだのは、側にいてくれること。
なぜそんな風に思うのだろう。
でも慰めるように背中を叩いてくれる春一の手を感じていたら、そんな小さな違和感は忘れてしまった。
再び訪れる優しい眠気にゆっくりと包まれる。
どこからか潮の香りを嗅いだような気がしたが、鈴音は幸せな眠りの中に引き込まれていった。
――了――
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