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 土曜の午後、道生は林のお見舞いの為、三笠に教えてもらった総合病院へと出向いていた。林は思ったよりも元気そうで、道生を明るく迎えてくれた。道生が持ってきたお見舞いのバナナをおいしそうに食べている。 「友達の好きと、恋愛の好きって何が違うんですかね?」  道生の突拍子もない質問に、三本目のバナナを剥く手を止め、目を丸くする林。 「え、俺達ってそんな深い話をするような仲だったっけ?」 「俺、こっちにまだ友達いないんですよ。誰にも相談する相手がいなくて、だから教えてください!」 「いやぁ、そんなこと言われてもなぁ」 「林先輩は、今まで恋をしたことがないんですか?」 「はぁ?あるに決まってんだろ?!絶賛恋愛中だ!ててて」  変に力が入ったせいか、腰を抑え痛がる林に大丈夫ですかと声をかける道生。お前が変な事言うからだろとそっと座り直す林。しゅんとなって下を向く道生をみて大きなため息をつく。 「セックスしたいかどうかじゃないか?」 「え?」 「なんだよ、お前が聞いたんだろ?友達と恋愛の好きの違い」 三本目のバナナを口に頬張りながら向こうを向いて話す林の耳は真っ赤だった。 「でも、友達でも迫られたら身体は反応しちゃうじゃないですか。」  確かに!!と今気づいたかのように目を見開き、納得した。 「じゃあ、うーん。いつもそいつのことを中心に考えてしまうとか」 「どんなふうにですか?」 「たとえば」と眉間にしわを寄せて記憶を探りながら続ける。 「美味いもん食べた時に、今度そいつを連れて来てやろうとか、何でもないときに、今何してんのかなとか思ったり、誰かと楽しそうに話してるのをみるとイライラするとか、自分だけを見てて欲しいとか、急に会いたくなったり、そいつの前では良い恰好してしまったり」 「なんか、面倒くさいですね」 「それが面倒くさくなくなってたら恋愛の好きってことなんじゃねーの?」  白い歯を見せてニッと笑う林。なかなか納得が出来ない道生は考え込んでしまう。 「まぁお前にもいつか分かる日が来るんじゃね?人生何があるかわかんねーしな」 「本当に、人生何があるかわかりませんよね。先輩はあんなに筋トレしてて頑丈そうなのに椎間板ヘルニアですもんねぇ」 「それな」  はははと明るい笑い声が病室内に響いた。 「笑いごとじゃない!」  仕切りカーテンが勢いよく開く。そこには背の高い、真面目そうな男が立っていた。 「これからたくさん迷惑かけることになるんだぞ!」 「津田!お前いつからそこに!」 「友達でも迫られたら身体は反応しちゃうのあたりからだ」  何故か固まっている林を余所に津田は買ってきたものを棚に入れ始める 「ごめんな後輩君、こいつがこうなってしまったばっかりに、君にも迷惑かけているだろう?」 「いえ!俺はまだ新人なのでこっちが迷惑かけてたくらいです。ついでに相談にものってくれて」 「林、お前にはこの後輩くんはもったいないんじゃないか」 「俺だって会社ではちゃんと頼れる先輩してるし!な!春日!」 「はい!」 「言わせてるだけじゃないか?」  そんなことはない!と、いつまでも言い合う二人を道生は温かく見守っていた。 「そろそろ帰りますね」 「あ、お見舞い、ありがとな」 「いえ、早く帰って来てくださいね。」 「またなんかあったらいつでも来ていいぞ!しばらく俺は暇だからな!」 「はい!」 手を振る林と津田にお辞儀をして病室を出る道生。病院を出て駅へ向かいながら、林の言葉を思い出していた。 『美味いもん食べた時に、今度そいつを連れて来てやろうとか、何でもないときに、今何してんのかなとか思ったり、誰かと楽しそうに話してるのをみるとイライラするとか、自分だけを見てて欲しいとか、急に会いたくなったり、そいつの前では良い恰好してしまったり』  「友達にも当てはまるよなぁ?」  やっぱりわからないと、道生は考えるのを諦めた。  夏が終わり、昼間でも過ごしやすい日が続くようになっていた。どこからともなく匂ってくる金木犀の匂いが、本格的な秋の訪れを告げているようだ。道生と三笠は、駅前のおしゃれなカフェテラスで昼食後のコーヒーを飲んでいた。 「大分過ごしやすくなったね」 「俺、秋が一番好きです。涼しいし!」 「僕も。秋はご飯もおいしいしね。春日君は、今年はもう栗を食べたかい?」  道生は、話をしている三笠の後ろに、いつのまにか知らないダークグレーのスーツの男が立っているのに気づいた。男は口の前で人差し指を立て、ニッと笑った。 「聞いているのかい?春日君」 「だーれだ!」  男は急に三笠の両目を塞ぎ、言った。 「直也、どうしたんだこんな所で?」  大して驚きもせず続ける。 「なんだよもっと驚けよ~」  つまらなさそうに同じテーブルの席にドカッと座る。すぐにおしぼりとお冷を持ってきたウェイトレスにブラックコーヒーをひとつ頼んだ。 「いまさら君の子供じみた行動に驚くもないだろう?春日くんは呆れているみたいだけどね。」 「君、耕平の後輩?俺はこいつの友達の榎木直也。よろしくな!」  榎木は満面の笑みで道生に手を差し出す。道生は、慌てて榎木の手を握った。 「俺は春日道生です。四月から入社しました。」 「ってことはちょっと前まで学生だったの?何歳?」 「23です」 「若!いいな~俺達なんて30過ぎた辺りから体の老いを感じるようになってね」 「君と一緒にしないでくれよ」 「なんだよお前ももう昔みたいにオールなんて出来ないだろ?」  三笠は腕を組んで少し考えたあと、「出来ないな」とつぶやいた。  だよなーと三笠の肩を叩きながら豪快に笑う榎木。三笠は痛いよと言いながらも嫌そうではない感じだ。 「仲いいですね、昔からの仲なんですか?」 「高1からだから、何年だ?」 「17年だよ。直也の精神年齢は17年前からまったく変わらないけどね」 「体力はちゃんと30代だけどな!」と二人で笑いあう。 「おっと、そろそろ行こうか春日君」  時計を見ながら立ち上がる三笠。続いて道生も立ち上がった。 「おー頑張れよ~!」 「君はもしかしてサボっているんじゃないよね?見た所身軽なようだけど」 「人聞きの悪ことを言うなよ~。この近くでクライアントとの打ち合わせをしているんだ」 「時間もないし信じてあげるよ」 「そりゃどうも」 「では、失礼します榎木さん」 「あ、待って耕平」 「何?」 「式、来年の10月に決まったから。また、招待状送る。」 「わかった。」 いつもの優しい笑顔で答える三笠に、笑顔で返す榎木。 「おう。仕事、頑張れよ!」 「直也もね」  三笠は榎木に背を向けて、駅へ向かって歩いて行く。道生は榎木に会釈をして、急いで、三笠の後を追った。  駅のホームで、電車を待つ二人。 「主任、もしかしてあの人が電話の彼女の結婚相手ですか?」 「そうだよ」  想像に反して素っ気なく返って来た返事に三笠の方を見るが、ホームに入る電車の方を向いていて、表情を見ることが出来なかった。急に三笠が振り返り、いつもの優しい顔で言った。 「さぁ、行こうか」
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