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「フロア長ぉ~……なんで今日の予算、100万なんですか。無理ですよ~」
彼女は対面カウンターのガラスケースに頬杖をついて大きく溜め息を吐いた。
開店前から戦意喪失。まるで風のない日の風車の羽のようだ。
「なんで、ってそりゃ……お前が前年の今日、ロレックス売ったせいだろ。覚えてないのか?」
去年の6月にロレックス……。
山崎は去年の今頃の記憶を反芻した。
「覚えて……ます……。お孫さんの為にオメガ買いに来たけど、思っていたような時計がなくて、ロレックスをお薦めしたら買ってくれたおじーちゃん!」
ちょうど一年前の話だ。
舶来物のガラスケースを眺めていたご年配の男性客に山崎が声を掛けた時のこと。
オメガのダイヤ入りコンステレーションレディースモデルを孫娘の二十歳のお祝いに贈りたいとのことで、一緒に商品選びをしたのだが、男性の気に入る商品がなく。
というのも、この店にはダイヤ入りのオメガの取り扱いがなく、山崎は覚えたはかりのロレックスのダイヤ入りレディースモデルをお薦めしたのだった。
「……もちろん覚えてますよ。私が初めてロレックス売ったお客様ですもん」
ただ、それが一年後の自分の首を締めることになるとは思っていなかっただけだ。
「だーいじょーぶだって! 去年売れたんだから、今年も売れない訳がない」
自信たっぷりな物言いに、山崎の心が少し軽くなる。
「……何か策でもあるんですか?」
「ない!」
ガンっ!
大きな石で殴られたかのような衝撃が山崎の頭に走る。
「ないけど、今日は売れる! 俺の勘に間違いはない!」
得意満面に石橋は言葉を続けた。
「大丈夫! 俺を信じろ」
根拠のないその自信はどこから来るのか……。
山崎は苦笑いするしかなかった。
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