開店時間

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 奇跡が起きた。  開店して、カウンターと展示ケースのガラス拭きを一通り終えた山崎が一息ついた頃。  白髪をすっきりと纏め、70代から80代と思われる年配の男性が舶来物のガラスケースを覗き込んでいた。 「いらっしゃいませ~」  とびっきりの営業用スマイルで山崎は声をかける。 「よろしかったらお手に取ってご覧になりませんか?」  その言葉に男性は顔を上げ、ずり下がった眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。 「アンタだったかな……。去年、一緒に時計を選んでくれたのは」  タイムリーな話題に目が点になる。 「二十歳のお祝いに孫娘にオメガを買ってやろうとしたんだかいいものがなくて。帰ろうと思ったんだか、その時担当してくれた女の子が懸命にロレックスを勧めてくれて。薦められるままに買って帰ったら孫娘に大層喜んでもらえてね」 「……それ……私ですね。喜んでいただけたんですね。良かったです」  山崎はほっとして顔を綻ばせた。  内心、不安だったのだ。  オメガが欲しいというお客様に『良い物だから』とロレックスをお勧めしたことを。  オメガを好きな人はオメガならではのデザインを好んでいる人が多い。  ムーブメント--中に入っている精密機械のことだ--が良いからとロレックスをお勧めしたものの、同じダイヤ入りだったとしてもデザインがオメガとは違う為、気に入ってもらえるかは別問題だった。 「本当、いいものを選んでもらってよかったよ。ありがとう。それでまた頼みたいんだか。もう一人、今年二十歳になる孫娘がそれをえらく羨ましがってね。でもロレックスじゃなく、オメガが欲しいそうなんだ。また選んでもらえるかね?」 「もちろんです!」  山崎は最上級の笑顔で答えた。
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