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事件発生
「昨夜11時頃、××区の路上にて手首を切り落とされる事件が発生しました。被害に遭ったのは……」
昼休み--。
休憩室の上の棚に置かれた、45インチのテレビから流れてきたのは物騒なニュース。
「うわ……」
思わず目にし、インスタントラーメンにお湯を入れながら山崎は絶句する。
テーブルの空いている場所へとラーメンを運ぶと、斜め向かいに座っていた女性が言葉を漏らした。
「物騒な世の中よねぇ……」
山崎より30分早く休憩に入った日用品担当の藤田さん--この店の店員の中では古株の、50代のパートの女性--だ。
販売という職業柄、休憩は担当部署内で交代制で取っている。フロアに必ず誰が従業員がいるように。
「手首を切り落とすだなんて、犯人は一体何を考えてるのかしらねぇ」
山崎の隣に座っていた文具担当の和田さん--藤田さんと親しい同じく50代のパートの女性--も、ずり落ちたメガネのブリッジを押し上げながら、それに応える。
「これで三件目でしょ」
「犯人まだ捕まってないって」
「「怖いわよね~」」
息の合ったハーモニーに山崎がやっと口を挟む。
「……何か理由でもあるんですかね? それとも愉快犯?」
「理由なんてあるのかしらねぇ。……でもまぁ、普通の精神状態じゃないでしょ。じゃなきゃ、手首を切り落とすなんて出来ないわよー」
はい、どーぞ、と藤田さんからおまんじゅうを手渡され、山崎はラーメンをすすりながら受け取る。
「あ、ありがとうございますぅ」
「仕事でストレス溜めてるとか、家庭で何かあったとか。そういう積もり積もった鬱憤を吐き出してるとしか思えないわよねぇ」
と、和田さんもおせんべいを山崎へ差し出す。
「ありがとうございますぅ。わー、今日はいっぱいおやついただいちゃった」
おせんべいを受け取り、ほくほく顔で山崎が喜んでいると、藤田さんが呆れ顔で指摘する。
「呑気ねぇ……。山崎ちゃんも遅番の時は気を付けなさいよ。舶来物の時計をしている人が狙われてるって噂なんだから」
山崎は商売柄、オメガのコンステレーションレディースモデルミニを手首に嵌めている。
ダイヤのついていない、オメガの中では一番安いものだ。と、いえど時計の中では良い値段ではあるが。
時計の販売員として、ある程度良い時計をしていないとお客様の信用が得られない。一方で、高額の舶来物をご購入のお客様には謙遜出来るので--『お客様がご購入された物と比べたら私がしている物など及びませんから』が山崎の常套句だ--販売員としてはちょうど良い商売道具だ。
「えっ、まじですか。そんな噂流れたら時計売れなくなっちゃうじゃないですか」
人の心配を余所に、突拍子もないことを口にして、ずずずーっと、ラーメンを啜る山崎に二人は顔を見合わせる。
「アンタねぇ……」
「……心配するところ、そこじゃないと思う……」
呆れ顔の二人を横目に、山崎はカップを持ち上げ、スープを喉に流し込んだ。
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