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前日譚 戦神の宴
【前日譚 戦神の宴】
「さあ、ここが正念場よ」
たん、とフィラ・フィアのサンダルが石の地面を踏む。赤い眼差しは真っ直ぐに前を見つめる。
炎のように赤い髪を後ろで括ってポニーテールにし、手には鈴のジャラジャラついた銀の錫杖、服は至る所に露出の見られる踊り子のそれで、それにも鈴がたくさんついている。その目は燃え盛る炎を宿した、深紅。
「エルステッド、シルーク、ヴィンセント。準備はいい?」
彼女は振り向き、背後に声をかけた。ああ、と茶髪に青い目、どことなく気品漂う軽装の青年が頷けば、白髪白目に黒い衣装、全身におびただしいほどの白い蝶を纏わりつかせた少年が無言で頷く。二人の後ろで、「大丈夫だ」と、金髪に赤い瞳の女戦士が応答した。
フィラ・フィアは皆の反応を見て強く頷き、次の一歩を踏み出した。
目の前には血で装飾のされた、禍々しい神殿が広がっている。その入口に掛けられたあれは、供物にされた人間の生首か。
「……おぞましいところだな。長居はしたくないぞ」
凛々しい顔をしかめ、ヴィンセントが呟いた。
◇
それは三千年の昔の物語。
大陸国家シエランディア。その大陸はかつて、古王国カルジアという国に支配されていた。
カルジアの、その時代の王はアノス。すぐれた政治を行い、人望もあり、民からの信頼も厚く、世に聞こゆる名君と噂される、君主の鑑たる王だった。
けれどそんな王でさえも、どうにもならない問題があった。
「荒ぶる神々」。
その時代、ある神は人間を憎み、ある神は人間に興味を抱き、それぞれの方法で人間に過剰干渉した。その影響を受けて多くの人間が死に、狂わされていった。神々のせいで、人間たちの住まう地上界は大いに荒れた。いくら名君のアノス王でも、神が相手となればどうすることもできず。だから彼は彼に出来る方法で、できる限り混乱を収めていくしかなかった。シエランディアは暗黒時代に突入する。王は便宜上、地上界に災厄をもたらす神々を「荒ぶる神々」と呼ぶことにした。
そんなある日、一人の予言者が王に予言をした。
「未来、神々封ずる舞を舞う『希望の子』が、この暗黒時代を救う光となる」
彼は言ったのだ。『希望の子』ならば神々を封じられると。そして神々の放埒は終わりを告げると。アノス王はその予言に縋るしかなかった。
それから、数年。
「父さま、見て。わたしの踊り!」
生まれた少女、王女フィラ・フィアは幼い頃から舞が好きで得意だった。彼女はある日、父王に自分の踊りを披露した。その場には件の予言者も偶然おり、彼は彼女の舞を見るなり、彼女が『希望の子』であると一目で看破した。彼は慌ててそのことを王に伝えた。
予言者の口から、自分の娘が『希望の子』であることを知らされたアノス王。彼は彼女を大切に育て、大きくなったら「荒ぶる神々」を封ずる旅に出すことを決めた。彼女が育っていく間にも世界に悲哀は積み重なっていくが、彼女が大きくなるまではそれも致し方なしと彼は考えた。
父の決めた同行者五人と、旅先で出会った仲間一人、そして彼女自身で旅に出た。彼女は旅の間に三人の仲間を失ったが、三体の神々を、仲間のフォローとその舞の魔法で封じられた。仲間を失うたびに涙を流しつつも、それでも諦めずに彼女は旅を続ける。彼女の双肩には、世界の未来が掛かっているから……。
◇
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