#4 ‐ LAの裏側

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 2 「我等『エクスシア』は、古き時代より超常の存在から人々を守ってきた秘密結社だ」  鋼色の声が広い空間に木霊する。  マルコムの声はそれ程大きいわけではなく、語調が鋭いわけでもないのに、三半規管を通り越して直接脳髄に叩き込んでくるかの様によく聞こえる。  決して舞台演劇の様に熱い感情を込めているわけでもないのに、不思議な聞き心地の良さがあるのだ。 「特にこのLAには奴等が集まりやすく、近年は君達が定義するところの超常犯罪が頻発したことで街は変わり果ててしまった。名前すら変わってしまう程にね。そこで事態を重く見た合衆国政府は、連邦捜査局FBIに我々の存在を認知させ、協力体制の窓口と実行部隊として『超常課』を設立した。つまり君達は一切遠慮することなく我々に協力の要請をすることが出来るということは、君もよく知っていることだろう、ジョン」 「はい」 「それに君は先日、連邦捜査局の捜査官でありながらエクスシアのエージェントとなった。それは君がこのLAにおいて超常犯罪に関する情報とその解決手段を最も早く知り得、そしてそれを実行することが出来る有用な人物にほかならない。そんな君に聞きたいことがある」 「なんですか」 「この本部はエージェントである君にとって、もう一つの仕事場であり我々と親交を深めあう憩いの場でもあるというのに、何故まるでウキウキ気分で初めて彼女の家を訪ねたらその父親が待ち構えていた時の様に、とても居心地が悪そうにしているのかな」 「貴方の喩えで言うところの、彼女の父親がいるからですかね。目の前に」  マルコムの疑問にそう端的に返すと、彼は「君にしてはストレートだね」と愉快そうに笑った。  私は眼前の男、マルコム・バレンタインが苦手だ。  エクスシアのLA本部長である彼は『先の一件』で私を導き、私がエクスシアのエージェントとして活動できるよう手配してくれた恩人なのだが、同時に私が空想の隣人アネットを生み出すきっかけを作った張本人でもある。  おまけに、あたかも私の思考と行動を把握しているとしか思えない言動からは、まるで掌の上で踊らされている様な、確証は全く無いが常に監視されているのでは、と思う程度には不快感がある。  心から感謝の念を表す気にはなれず、かといってあからさまに疎んじることも出来ない相手。やり辛いことこの上ない。 「喩えのままに解釈すると、ジョンの彼女は勿論アネット君だとして、そうすると私とアネット君は親子になるわけだけど、それについてはどう思うのかな、アネット君?」 『汝を父として尊ぶ気は鼠の毛ほどもないが、ある意味では正しいのではないか? まぁ吾と背の君ジョンは恋人ではなく夫婦(めおと)なのだから、汝の許可など最初から必要ないのだがな』 「ジョン。今日から私の事を義父と呼ぶことを許そう」 「全力でお断りします。ふざけるのも大概にしてもらえませんかね、こちとら時間無いんですよ。あと、コイツとは夫婦どころか恋人でもない、ただの隣人です」 『むぅ、相も変わらずつれない……』  一つの笑いにもならないジョークを一蹴して冷めた目でマルコムを睨むと、彼はやれやれといった様子で首を竦めた。呆れたいのはこちらだ。  ふと、隣のアネットが私の頬を指先で弾いたのを感じた。痛みは無いが不意の衝撃に小さく驚いて視線を向ければ、アネットはふわふわと宙を泳ぐようにして本棚の方へと向かった。  これ以降の私とマルコムの会話には興味が無いのだろう。 「どうやら彼女とは随分仲良くなった様だね、ジョン。とても良い傾向だ」 「会話は別にいいんですが、食にうるさいのが煩わしいです。これじゃ一人養っているのと同じだ。あれどうにかなりませんかね」 「君の境遇ならもっと深刻な悩みがあってもいいはずなのだが、そこは流石と言うべきかな」 「どういう意味です?」 「私の見立てに狂いはなかった、ということだよ」  言葉の真意は分からないが、彼に期待されていることは間違いないようだ。しかしその期待に素直に応えたいとは思えない。マルコムもサイモン同様、油断できない人物であることが明白だからだ。  近いうちにエージェントとして、彼からも仕事という名の厄介事を押し付けられる日が来るのだろうが、今日に限っては違う。どちらかというと今回は私からの依頼だ。 「さて」と会話を区切ったマルコムが背筋を伸ばす。 「挨拶はこれぐらいにして、まずは状況を整理するとしよう。二日前にサウスLAの六ヶ所で同時発生した焼殺事件の現場の一つへ調査に向かったところ、現場で闇の渦と鷹爪の悪魔が発生し、それらの対処中に君の新しい相棒のミシェル・レヴィンズ捜査官が魔人らしき人物に拉致された、と……エージェントとしては失格だが、教導も訓練も受けていない君に事前対策を期待するのは酷な話か」 「そう言う割に、いかにも期待外れみたいな顔するのやめてくれませんかね……全面的に俺が悪いのは確かですけど」 「しかし焦るあまりあてもなく無闇に捜索をせず、すぐさま私に協力を求めに来たのは正しい選択だ。なにせ魔人を探すならここが一番だ」 「正しい選択」という言葉に、思わず指先がひくつく。  ここまでの自分の選択に自信があったかと聞かれれば、正直どちらとも言えなかった。選択についてマルコムに認められたことは、歓喜というよりも安堵の気持ちの方が強い。  というか裏に何か意図があるのではと勘ぐってしまうので、彼に認められても素直に喜べないというのが本音だ。  そんな私の不信感など全く気にもしない様子の彼は、安楽椅子から立ち上がり、パチンと指を鳴らす。  すると執務机前の床が開き、そこから円形の姿見がせり出した。  ゴシック調の装飾が施された姿見、私の頭からつま先までとその背後の図書館の景色を映すこの大きな鏡には、とても見覚えがある。 「君がこれを見るのは、何度目だったかな」 「二度目です」 「ならば説明は不要だろうが、心の準備はしておき給え。慣れない者にとっては精神的負荷が大きいだろうからね。『極楽鳥』の操作は私がするから、君は場所の確認をしてくれ」 「分かりました。よろしくお願いします」 「うむ。では始めようか――」  頷いたマルコムが姿見に手を翳した瞬間、鏡の中に反転して映る私の姿が歪みはじめた。  正しくは、私の姿だけでなく背後に映る景色の全てが波紋の生じた水面の様に歪んでいき、やがてそれは全く別の景色を映し出す。  砂漠の如く荒れた大地、崩れ落ちた鉄塔の群れ、立ち上がる大炎と黒煙、肉の様に赤い空――その景色は、およそこの世のものではないと一目で分かる。  凄惨、醜悪、恐怖、負の感情をごった煮してそれを具現化した様な光景、形容するとすれば相当するものはたった一つ。 「地獄旅行(ゲヘナ・ツアーズ)を」
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