#4 ‐ LAの裏側

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 4 「転生陣?」 「文字通り『転生術』に必要な魔法陣のことだ。転生術は悪魔が人間に授ける禁術の一つであり、器とする現世の人間の肉体に死者の魂を堕とすことで死者を蘇らせる術だ」  思わぬところで容疑者の動機を知ってしまった。  家族か、恋人か、はたまた親友か、この事件を起こした魔人にはきっと悪魔に頼ってでも蘇らせたかった、かけがえのない人が居たのだろう。どの様な悲劇があったのか想像することも憚られる。  だが、魔人は許されざる罪を犯した。  魔人は既に六人もの人間を殺害している。それも「磔にして火炙りにする」というとても惨たらしいやり方で。  必ず法の下で裁かれなければならない――が、そもそも犯人はなぜ六人も火炙りにしたのだろうか。六人分の器が必要だったということだろうか。 「マルコムさん。転生術というのは器とする人間の肉体に死者の魂を堕とす術で、これの対象は一対一ということで間違いないですか?」 「その通り。転生術に必要なものは器となる人間の肉体一つに対して死者の魂一つだ。必ず一対一でなければならない」 「その器というのは、死んでいる人間の肉体でもいいんですか? 例えば全身黒焦げ遺体とか」 「いいや、器は必ず生者でなければならない。転生術は生者の魂と幽世にある死者の魂を入れ替える術だ。死者の肉体で行えば必ず失敗する」 「転生陣を形成する六つの魔力点には、人の魂が必要とか?」 「それも違う。通常の転生術に使用する魔力点に必要なものは触媒だけだ。この場合の触媒は『火炙りが行われた』という事実であり、人間の死ではない」  おかしい。  マルコムの言うことを是とする――実際彼が正しいのだろう――なら、何故犯人が魔力点に当たる場所で六人の女性を殺害したのか、その理由が分からない。  単なる気まぐれにしては余りにも大仰だし、全く意図が分からない。する必要が無いのだから。 「火炙りが行われた」という事実が必要なら、磔にするのは人間でなくても――。 「人形で良いのではないか、かな? 必要な情報が足りていないのだから君がそう思うのも仕方ないことだし、実際その通りだ。普通の転生術ならばの話だがね」 「人の考えを読むのやめてくれませんかね……で、その説明はしてくれるということでいいですか?」 「勿論だとも。六つの魔力点のいずれか一つに注目したまえ、一番近いところで構わない」  マルコムに言われるがまま一番近い炎の柱に注目すると、奇しくもその場所は、私とミシェルが向かった事件現場だった。  青い炎が立ち上がるその中心をよく見れば、現世では既に撤去されているはずの十字架が立てられていた。人の姿は無い。  どうやら青い炎はその十字架から発生している様で、まるでそれを崇めるかの如く、周囲を鷹爪の悪魔やそれによく似た黒色の悪魔達が群がっている。  その光景に何故か私は違和感を覚え、そしてその違和感はすぐさまマルコムが解消してくれた。 「魔人が殺害した魂はゲヘナに囚われ、その魂は魔人が死なない限りゲヘナで永遠に苦しむことになる。『魔女狩り』と称された今回の事件では六人の女性が魔人によって殺害されたと聞いたが、このゲヘナにはそれに該当する魂が存在しない」 「犯人……魔人は既に死んでいる、ということですか?」 「そうではない。仮に魔人が死んでいたとすれば、魔力点は既に消失し、その魂はゲヘナに来ているだろう。しかし魔力点は未だ健在、魔人の魂も確認できない。とすれば可能性は一つ」 「その可能性とはいったい……?」 「殺害された六人の女性は、人間ではなかったということだ」  ここに来て衝撃の事実が発覚した。  確かに、私も直接遺体を確認したわけではなく報告書を読んだだけだが、まさか連邦捜査局の調査結果そのものが間違っていたとは、思いもよらなかった。  未だ身元不明ではあるものの、女性であることが判別出来たところまでは調査が行われたのだ。  それでも人間ではないものだとすれば、その六人の女性は一体何だというのか。 「君の疑問は理解出来るので、続けて答えることにしよう。それらの正体は魔造生命体――ホムンクルスの一種だ」 『ホムンクルス』という言葉には聞き覚えがあった。  確か、フラスコの小人とか、生まれながらにしてあらゆる知識を持つだとか、とにかく「人の姿をした人ではない何か」ということだけは知っている。今回の被害者がそれだというのだ。 「その、ホムンクルスの事はあまりよく知りませんが、わざわざ火炙りを行うだけの為に成人女性と区別がつかない程の生物を、六体も生み出せるものなんですか?」 「仮に人間が作ろうとすれば、相応の錬金術の知識が必要なうえ、現代で魔造生命体を生み出せるほどの魔術師メイガスは決して多くない。だが悪魔の力を使えば話は別だ。それに魔造生命体は一般人よりも遥かに多くの魔力を生まれながらにして有している。そしてその魔力の有無が、人形ではならなかった理由だ」 「つまり本来触媒しか必要ない魔力点に、更に魔力を追加した、ということですか。でも転生術の魔力点に必要なのは触媒だけなんですよね? この矛盾の説明は?」 「その答えは至ってシンプルだ。転生させたいのは、人間ではないのだよ」  もう嫌な予感しかしない。  本来の人格も喪失しているであろう魔人が人間以外に転生させたいものなど全く想像出来ないが、それが良いものであるはずはない。  なにせ魔人がしでかす事、それ即ちLAの危機なのだから。  既に逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、この街の人々を守ると決めた己の誓いにして願いの為にも、そして魔人に拉致されているであろうミシェルを救う為にも、私は立ちはだかる脅威を受け入れなければならない。  それが正しい選択のはずだ。  私は深く溜息を吐き、何が来ても決して臆しないことを心の中で誓う。 「……では、魔人の目的は?」 「ここで先の話――『ゲヘナが映すものがLAの裏側だけではない話』に戻るとしよう。ゲヘナが映すのはLAの過去、現在、そして未来だ。ただしこの未来とは数多の可能性の一つではあるが、その中で最悪の未来のLAを映してくれる。それが魔人や悪魔が引き起こすものかどうかという点については断言出来ないのだが、百に近い確率でそれらの仕業と考えて良いだろう」 「つまり?」 「見れば分かるということだ。転生陣の中心を見たまえ」  そう言われて再び鏡の中の景色に意識を集中すれば、いつの間にかサウスLAの景色に変化が生じていた。  六つの魔力点が発する青い炎の柱は、その勢いと発光の激しさを増し、それらに触発されるかの如く魔法陣の中央には怪しげな黒い光が集まっている。  何かとてもまずいことが起きる前兆だ――そう直感した私の感覚は正しかった。  黒い光が集まったその場所には、私が現場で目の当たりにしたものとは比べものにならない程巨大な闇の渦ゲートが生じていたのだ。その大きさは魔力点が作る魔法陣とほぼ同じだ。  再び門が生じたということは、それを通って現世に召喚――転生しようとする存在が現れるということだ。  そして私がその存在についての予測を脳内で巡らせる前に、それは炎上するLAに姿を現した。  赤き空を引き裂いて現れ、割れた天から輝ける光の線をLAに注ぎ、聖典文字を刻んだ白き衣の上に幾重もの翼を巻き付け、獄炎とは異なる炎を纏ったそれは、魔法陣をもその体躯で覆ってしまう程の巨大な何かだった。  その姿を形容するのに相応しい言葉を、私は一つだけ知っている。  「これが、ゲヘナが映す魔人の望み――LAの最悪の未来だよ」  翼を持つ巨大なそれは、まるで『天使』の様だった。
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