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頭から尾の先まで全身を闇色に染め上げ、細長い手脚の先には猛禽類の様な黒色の鋭い鉤爪、背中には蝙蝠の翼を生やした顔無しの人型の群れが、私達の前後の道を塞ぐ様に隊列を成しているのだ。
それらは地獄の大公爵が率いる苛烈な軍団の一兵卒達、眷属にして最下級悪魔の一種だ。
彼等は私の知識にすら確たる名称がない程に矮小な存在だが、両手に備えた鷹の様な鋭い爪から物理的に人間を害する程度の力なら持ち合わせていると容易に判断できる。それでも、彼等はさして脅威ではない。
問題はその更に奥にいる者だ。
『我、地獄ノ四十軍団長が一騎。我等ガ大公爵の御名ニおいテ、貴様等人間共ヲ蹂躙すルもの也』
群れ成す悪魔達の後方、暗闇から大地を激震させて顕現した問題のそれはしわがれた極低音の声で自らを誇示した。
全長十六フィートを優に超える頑強な巨軀、背中に竜翼と頭に捻れた二本の角を生やし、全身には岩壁の様な鱗、そして両手には禍々しい形状の石斧を携えたそれは歪な人型――古き悪霊(デーモン)である。
「おまけにあんなバケモノまで……クソッ! やるしかないか……!」
ジョンは懐から拳銃を取り出し、それを最前列の悪魔達に向けて躊躇なく引鉄を三度引いた。
耳を劈く発砲音を響かせて射出された三発の弾丸は、見事三体の悪魔の頭部にそれぞれ一発ずつ命中し、倒れ伏したそれらはたちまち灰塵と化して闇に消えていく。
素晴らしい射撃技術に思わず声を上げて称賛しそうになるが、そもそも悪魔には「物理的な死」という概念が存在せず、また最下級悪魔に至っては個という概念が存在しない。よって暗闇からは同じ個体が減った分だけ這い出、隊列に加わるのだった。
「チッ、これじゃキリがないな……」
『背の君よ。吾のことは如何様に使っても良いのだぞ。手でも足でも口でも、なんなら眼でも髪でも良い』
「断る。昇天してあの世にバカンス、なんて御免だからな」
『むぅ……相変わらずつれないな背の君は』
まるで寝室へのエスコートを促すかの様に彼の太腿に指先を這わせて自らの助力をしつこく提案するアネットだったが、ジョンはここで果てるつもりはないらしい。私としても彼にはまだ聞くべき事があるので今彼に逝かれては困る。
さて、彼の気が変わらないうちに聞いておくことにしよう。
「ジョン。ちなみにこれまでどの様な時にLAが『最悪だ』と思ったのか教えてもらってもいいかな?」
「その話まだ続けるんですか!? 後で満足するまでいくらでも答えてあげますから、今はこの状況をどうにかしてくれないですかねぇマルコムさん!」
「ふむ……好かろう。それでは頑なにアネット君から力を借りようとしない君の代わりに、さながら悪魔の契約の如き手順を踏み、奴等を『あちら側』へと還してやろう。尤も、対価がアンケートの回答だけというのは些か釣り合いが取れないというものだが――」
「ああもう! 仕事が終わったらウェストビーチで朝食奢ってあげますから!」
「はははは。君も契約の何たるかが分かってきた様ではないか!」
我慢出来ず剛毅的な笑い声を上げてしまった。酷く狼狽する彼の姿が滑稽だからではない。
状況は決して良いとは言えない。断つというよりは潰す方が得意そうなあの無骨な石斧で真上から叩かれてしまえば、私達は即座に地面の染みにされてしまうだろう。
それでも、極めて典型的な悪霊の姿に思わず笑いが込み上げて来てしまうのだ。
良い――実に良い。これこそ私が求める知識だ。
古き悪霊は獣牙を並べる口を大きく開いて耳を劈く咆哮を轟かせ、手にした斧を掲げながら眷属達に号令をかける。やる気は十分の様だ。
私は空間転移陣(ゲート)から真鍮の装飾を施した散弾銃を取り出し、その銃口を悪魔達と悪霊に向ける。
「しかしこれ程の悪魔とこうも容易く出会えるのだから、全くこの街は愉快だと思わないかね?」
「ハハ、ホント愉快ですねぇ! 本当にどうなっているんですかこの街はぁ!?」
狼狽しながらも皮肉を忘れないジョンの勤勉さには感心するが、彼の悲鳴に答える暇はない。
悪霊が「何発の魔弾で膝を折るのか」を試さなくてはならないからだ。
私は引鉄を引きながら腹の底に溜め込んでいた喜びの感情を爆発させ、銃声と笑声を轟かせた。
一発、二発、そして三発――たった数センチ指先を動かすだけで術式を埋め込んだ真鍮の散弾が次々と悪魔達と悪霊の体に捻じ込まれ、その度に彼等は怒り混じりの悲鳴を上げる。
古き悪霊は頑強な身体ゆえ数発程度ではものともしないだろうが、下級悪魔達は許容範囲を超えた魔力の衝突によって現界を維持できず、次々と溶けて地面の染みと化していく。
上々だ。愉し過ぎて更に笑いが込み上げてくる。
撃鉄を倒す度に轟く散弾銃の絶叫、自らの薄幸を嘆く男の悲鳴、怒れる悪霊の咆哮、そして私の笑声。これらが混ざり喧騒は頂点に達していた。
黒人産ジャムセッションも吃驚の四重奏を人と悪魔で奏でる。それがこの街の日常だ。これ以上愉快な街はこの『LA』以外に存在し得無いだろう。
――ああなんという、なんという心地良い街なのだろうか。
そういえば私がこの街に持つ印象を答えていなかったので、この辺りで答えておこうと思う。
このLAは『悪魔に溢れた愉快で楽しい街』だ。
私にとって悪魔とは収集すべき知識であり、それらを自らの脳に記録し、麗しき過去とすることは至上の悦びに等しい。
それは私に課せられた義務であり、運命であり、存在意義でもある。そしてこの街にはその意義を叶えるのに御誂え向きな悪魔達が溢れ腐っている。
契約に基づき人間の欲望に手を貸すもの。
己が本能に従い人を蔑めるもの。
企みを胸に人に紛れて暮らす人くずれ。
世界をただ傍観している神くずれ。
そのいずれもが私の収集すべき知識達なのだ。実に愉快で堪らない。
さぁ、今宵もこのLAに感謝し、そして謳おう。
「ようこそ矮小な悪魔達! そして古き悪霊よ! 現界して早々申し訳ないが貴様等には滅亡してもらう! 我が知識レメゲトンの一頁とする為に!」
「ファッ○ンLA!!」
もう貴方達は薄々勘付いているかもしれないが、この街は貴方達が想像したであろう娯楽の街『LA』ではない。
場所も歴史も文化も同じだが、それでも違う。
それでは改めて――『Lost Angels(天使が消えた街)』にようこそ、諸君。
ここは神に見放された街、人間と悪魔が踊る愉快な街だ。
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