プロローグ ‐ LAにようこそ

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プロローグ ‐ LAにようこそ

 1  ごきげんよう諸君。私の名前はマルコム・バレンタイン。  合衆国が誇る世界都市LA在住であり、この物語の一役者、そして始まりの一節の語り部を任されたものだ。  早速だが、貴方達は『LA』という名前を聞いて何を連想するだろうか。  名だたる映画作品やそれに付随する無数の娯楽を生み出した『ひいらぎの森』――もしくは聖林――が最も印象的だろうか。ウォルトの愛した鼠達の王国やサンタモニカの埠頭、グリフィスが贈った天文台など、その他様々な名所も思い付くことだろう。  西暦二〇〇〇年を超えて数十年が経つ現在においても、貴方達はこの街について「娯楽に溢れた愉快で楽しい街」という印象を相も変わらず抱いているかもしれない。  しかし、私がこの街に抱く印象はそれらとは少々異なるものだ。  確かにこの街は数多の娯楽で溢れ、それを生み出す者と消費する者で満たされているが、それはLAの一側面であり外側から見た印象に過ぎない。  きっとこの街の内側を知った貴方達は、善良だと思っていた人間の悪辣な本性を目の当たりにしたうえで後頭部を金槌で思いっ切り殴られた時の様な、相当に酷いショックを受けることだろう。  ではLAという街について私がどの様な印象を抱いているか、もしくはその実態が一体何なのか――これらを述べる前に、この物語の要となる者にも意見を聞いてみようと思う。 「唐突ですまないが、ジョン。 君はLAについてどの様な印象を持っているかな?」 「心底呆れるくらい唐突ですね……なんですかこんな時に」  当たりも障りも祟りもないはずの私の質問に対し、ジョンはまるで苦虫を噛み潰した様な酷い顔を向けて来た。  彼の名前はジョン・E・オルブライト。この物語の主役の一人であり、大筋の語り部を担う者だ。  彫りの深い端整な顔立ちを除けば、アメリカ人の標準的な体格と金色の短髪というどこにでもいる普通の白人である。  安価なシングル・モルトよりも冴えない男だが、その生き様は愉快と思える程度にはロックなので、妥当と言えるかもしれない。  そんな彼が不満を露わにしている理由だが、私の方は礼節を欠いていないし特に可笑しな事も聞いていないので私が原因では無いだろう。きっと我々が今現在訪れているこの路地裏の空気が、墓場にも似て陰湿な所為に違いない。 「いやなに、なんて事はないただのアンケート調査だ。君も大衆の様に『娯楽に溢れた愉快で楽しい街』だと思っているのかなと」 「愉快で楽しい……以前は俺もそう思っていましたよ。映画好きですし。ええ、ある意味愉快な街なんでしょうね……でも俺はこの街、最低最悪だと思います」 『吾は割と好きだぞ? この街』  虚空を見つめて嘆くジョンに反論するかの様に、彼の隣に立つ女性――アネットは楽しそうに言い切った。  冴えないジョンに対を成すかの様にアネットは黄金色の瞳と漆黒の長髪、そして華奢ながら豊満な肢体を持ち、まるで黒真珠の様に麗しいと思える容姿だ。  しかしその中身はおよそ醜悪にして獰猛、そして古典的だ。獲物を見つけた肉食獣の如く白桃色の下唇に舌先を這わせるアネットは、憂鬱そうに頭を振るジョンに寄り添い指先でその頬をそっと撫でる。  付き纏われている彼のことは気の毒に思うほかないが、彼女が居なければジョンは今以上に無価値な者となっていただろう。それ程にアネットは彼にとって、延いてはこの物語にとっても重要な存在であると断言できる。  そんな彼女の意見は私と同じらしい。それについては痛快なことだが、ジョンだけは我々と違う見解を持っている様だ。  価値観の相違がここに一つ。興味深い。 「この世の大半が好みの範疇にあるお前と違って、こちとら器が小さいものでね。まぁ、そうじゃなくても大抵の人間はこの街の実態を知れば嫌な顔を浮かべるさ」 「ジョン。何故そう思い至ったのか聞いても?」 「それ……この状況が分かっていて聞くんですか」 『寧ろこの状況だからであろう、背の君ジョンよ。吾等は今まさにこの街の良い所を目の当たりにしている。そうであろう、バレンタイン殿?』 「その通りだとも。なにか問題があるのかな?」  私が疑問を呈した瞬間、ジョンはこめかみにくっきりと青筋を浮かべ、必死の形相で激昂した。 「問題大ありですよ! 見れば分かるだろ! 悪魔の大群に囲まれているからだよ!」  そう。彼の言う通り現在暗き路地奥の拓けた場所で背中合わせに立つ私達は、竹を打ち鳴らした様な笑声を上げる闇の眷属達――『悪魔』に包囲されている。
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