#4 ‐ LAの裏側

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#4 ‐ LAの裏側

 1  ニューダウンタウンの中心、密集する高層ビル群の中でも特に背の高いセントラル・オブザーバーに、秘密結社『エクスシア』本部は居を構えている。  私はそのビルの上階ではなく、地下七十二階というもはや地底と呼ぶべき下層エリアまで降りて行き、専門家達の活動拠点へと足を運んだ。  エレベーターを降りた先には、まるで会員制カジノの様な瀟洒なエントランスと重厚な両開きの扉が待ち構えており、毎度その厳かな雰囲気に萎縮してそれ以上進入することを躊躇ってしまいそうになる。  私がエクスシアの一員――すなわち「エージェント」になってからまだ日が浅いからかもしれない。  ふと、季節外れのモッズコートを羽織る背の高い銀髪の男が、扉の前で佇んでいることに気付き思わず声を掛ける。  その男は目的の人物ではないが、見覚えがあったからだ。 「アダム」 「……あぁ、嵐の坊主か」  少々不機嫌そうな表情で鋭い眼差しを向けてきた彼の名は、アダム・デイヴィッド。  彼もエージェントの一人であり、先の一件で知り合った私の同僚で先輩だ。  態度や言葉の節々には荒々しさが目立つアダムだが、私がこちら側の住人になってからは先達としてなにかと面倒を見てくれるので、根は心優しい性格なのかもしれない。口は悪いが。  外見から確かな年齢を推し量ることは出来ないが、教養や雰囲気から明らかに年長者であろう彼は、私の様な新参の若造の名前を憶える気が無いのか、それともそういう癖なのか、私のことを「嵐の坊主」と呼ぶ。 「前から気になっていたんだが、その呼び方はどういう意味なんだ?」 「あぁ? どういう意味も何も、お前そのものだろうが。それとも、未練たらしく自分はただの人間だとでも思っているのか?」 「そんなことは、ないが……」 「なら、今の自分をもっとよく理解しろ。でなけりゃ待っているのは破滅だ。己の本質から目を背け、拒み続ける愚者に未来はない。努々忘れるな」  この通り、挨拶代わりに無知で愚かな私へ教訓と忠告を与えてくれる。  質問に対して明確な回答をくれることは少ないが、何かしらの役に立つことは確かだ。 「……肝に銘じておくよ」 「ま、その様子だと隣人とは仲良くやっているみてえだから、心配無ねえとは思うけどな……名前なんだっけか? アニット? アヌット?」 『吾の名はアネットだ、デイヴィッド殿。背の君の伴侶と覚えてもらっても構わんぞ?』 「そうか。気が向いたら覚えておく」 「いや、覚えなくていいから。あと伴侶じゃない」  即座に否定すると、いつの間にか背中に抱き付いているアネットが子供の様に頬を膨らましており、そしてその姿が可笑しかったのか、アダムは小さく笑った。  アダムには私の隣人の姿が見える。声も聞こえる。それは彼が私と同類だからだ。  私の目には見えないが、彼にも隣人が居るのだという。故に隣人の扱い方についてもよく知っている。それら含めて色々と話を聞きたいところだが、また別の機会としよう。  今はここに来た目的を優先しなければならない。 「本部長は居るかな。先程連絡したから、待ってくれているとは思うんだけど」 「蒐集家なら、いつもの場所でいつも通りだ。なんだ、また事件か? 連邦捜査局は年中きりきり舞いだな」 「ああ。急がないといけないから、話はまた今度。それかもし手が空いているなら――」 「悪いが、こっちもこれから仕事だ。あいつがまた新しい知識を見つけたらしいんでな、その調査でしばらく戻らねえから」  そう言ってアダムはフードを目深に被り、足早にエレベーターへと乗り込んだ。  見事に逃げられた。面倒事だと即座に判断されたのだろう。  元々彼の助力は期待していなかったし、彼にも自分の仕事があるので今回ばかりは仕方ない。  アダムを見送った私は改めて重厚な扉に向き直り、今度は躊躇せず、その扉を開けて中に入った。  *  私がこのエクスシア本部に抱いた最初の印象は『巨大図書館』だ。  それは決して比喩などではなく、ドーム型の空間と壁一面に敷き詰められた本棚、天井のステンドグラスや広大なフロアに配置された無数の机など、その様相は文化遺産にでも登録されていそうな巨大な図書館そのものなのだ。  しかもこれが一人の男の要望により築かれたものだというのだから、聞いた時は度肝を抜かれたものだ。  そして、およそ常人の価値観など持ち合わせてはいないであろうその男は、最奥の執務机でいつも通り何かの本を読んでいる。  私がその執務机まで辿り着くと、男はあたかも今気付いたかの様にはっとした表情を浮かべ、手にする本をパタリと閉じて言った。 「待っていたよ、ジョン。そしてその隣人アネット君。さて、君達が欲する答えに辿り着く為には、いったいどの知識が必要かな?」  エクスシアの本部長にして知識の蒐集家――マルコム・バレンタインは玩具を前にした子供の様に、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。
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