秘密の関係

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秘密の関係

 「ちんげは生きている!」    ドアを開けるといきなり耳に飛び込んできました。  「フェアチャイルド」近所にあるダイニングバーです。  なんならデニーズの真裏にひっそりとあるカウンターだけのお店です。    猫が出迎えてくれるんですよ。  コタロウって言う名前の猫です。  僕ちゃんが撫でようと手を伸ばすのですが、いつも「フッー!」って言うんです。  なんでですかね?  自分だって、いつも罪もないネズミを捕っては弄んでいるくせに。  まぁいいです。  ある意味、僕ちゃんは猫とは同類なんでしょう。    久しぶりに、そのフェアチャイルドのドアを開けたらいきなり飛び込んできました。    「ちんげは生きている。そう思いません? ねぇ僕ちゃんさん」常連の仲本さん。  この世の中に最もいらないタイプの人間です。  僕ちゃんはそう思います。  「ちょっとちょっと、仲本さん、店内でそう、ちんげちんげって連呼しないでくださいよ、ハハハ! あ! いらっしゃいませ、僕ちゃんさん、お久しぶりですね」    雇われ店長の聖春彦くん、しずえちゃんの恋人です。    ガラスのドアーを開けてすぐからカウンターが奥へと伸びる10席くらいのお店です。  そのドアあけてすぐのキッチン側に聖春彦は陣取って立っています。  「どうもどうも、ご無沙汰してます。てか今日も賑やかですね。ちんげって外まで響いてましたよ、ハハハ」  僕ちゃんは完全なる演技でここの常連さん達とよくお酒を酌み交わしていました。  ここのところちょっと立て込んでいたので、この日はご無沙汰ぶりでした。    「いやいや、聞いてください」矢継ぎ早に仲本さんが話しかけてきました。  どうやらご機嫌な模様で、かなり鬱陶しいです。  いやいやそんなことは言ってはいけない、なんなら思ってもいけないはず。  でも、本当にいらないですねこの人。  「あのね、ちんげって、ほんとどこにでもあるって思いません?」  上機嫌の仲本さんはこの夜も饒舌でした。  それに付き合ってみるのも悪くないんですよ。  もちろん嫌ですけど。  それが近所づきあいというものです。  「確かに、靴の中とかにもたまにいたりしますね。あれ、なんででしょう?」  そんなもん見たこともありませんがね、こう言う時に使うのが噓も方便というものです。  良い嘘をつけば良いんです。    「もう、ひどいなぁ店名をフェアチャイルドからちんげに変えてもらおうかな? ハハ」  聖春彦は愛想もよく人間的にも男としてもユーモアに溢れたいい奴でした。  そして古着好きの超がつくイケメンです。  良い男には花柄が似合うんです。    「ハハハ、そりゃいいですね」  僕ちゃんは彼の良いところをモチーフにして女の子を口説く術を取得してきました。  成功の道はまず成功者を真似ることです。  モテるためにはモテる人を真似ることなのです。  綺麗で胸もふくよかで魅力的な女性はこの手のタイプの男を好みます。  花柄の似合う。  決して仲本さんのような自分の話しかしない男ではないのです。  太いフレームのメガネが物語っています。  そう言う男は自分の事ばかり、うんちくうんちくと話します。  「でね、この間、会社で新品の封筒を開封したんですよ。あの、ほら、プチプチのついたやつ。CDとかDVDとか入れて送るやつですよ。わかりますよね? あの新品の密封感」  「あ、あぁ、わかりますわかります。ていうかその前にビールください、生でお願いします」  「はいかしこまりました。僕ちゃんさんにビール!」聖春彦の清涼感のある声が店内に響きます。  そしてカウンターに沿って店の奥からそれに応える声が聞こえます。  「はーい」聖春彦の奥さん、そう、しずえちゃんではありません。  この店ではガチャ・ピン子と呼ばれています。  目が垂れて少し離れていると言うだけですが、本人もそっちにイメージを寄せた服を着ています。  パステルグリーンのシャツがメインです。  ピン子さんは実質この店のオーナーで、何がどういったきっかけなのか知りませんが、聖春彦を店長にし、そのまま結婚までしたそうです。  正直全く興味のわかない話ですが、それはそれでそう言うことなのです。  と言うと、そう、しずえちゃんとは秘密の関係なのです。  聖春彦の不倫相手となるわけです。  「あの密封感の中にですよぉ・・・」  「あれ? 今日はしずえちゃんはいないのですか?」  「私がいないときに限ってきてるみたいでねぇ」ピン子さんは感が鋭い。  「そーなんですねぇ、で、その密封感に? なんでした?」  「そうそう、ちん毛が入ってたんです。 考えられませんよね?! だからね、仲本は思ったのであります! ちん毛は生きている!」  「なるほど・・・・で、ピン子さん今日も早上がりですか?」  「えぇ、まだ体の調子が本調子じゃなくてぇ、夜は早めに帰るんですよ、ごめんなさいね」もちろん僕ちゃんはピン子さんには全く用事がない。  「いえいえ、たまに顔が見れるだけでも嬉しいですよ」  「あら、お上手。そう言えば僕ちゃんさんのうちベランダありましたよね?」  「へ?! あったっけ?」少しビクつきました。  「何言ってるんですか。あるじゃないですか? この間前通ったのに気がつかれなかったから少しイラっとしたんですよ。ハハハ。なんて冗談です。七輪でなんか焼いてましたよね?」  「よ、よく知ってますね。ハハハ、今度通った時は声かけてくださいよ! もう」  「これ良かったら」  「ん? たね?」  「そうです。家庭菜園なんていいかもしれませんよ、ハーブなんでその辺に蒔いても生えてきます。育てるの簡単なんですよ」  「ほー、なるほど、面白そうですね。ちょっと研究してみますね、ありがとうございます」  「いいえ、それでは今日は帰りますね。ご機嫌よう」  「お疲れ様です」  なんかすごくいいものをもらった気がしたので、なんとなく捨てなかった。  そしてピン子さんを笑顔で見送った。
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