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ホルモンとビール
七輪であの心臓を焼いた次の日のことです。
杉島さんは晴れ渡った空のように晴れやかな声で話しかけてきました。
今から船に乗って水平線の向こうのロマンを追い求めるようなボーダーのシャツを着て、玄関からテンポよくこちらに向かってきたのです。
まさか将来この囚人服のようなボーダーシャツをお揃いで着るはめになるとはこの時は夢にも思っていませんでした。
「やぁやぁやぁどうもどうも、おはようございます。昨日は昼間っからベランダで焼肉でしたか? あの匂いはホルモンでしょう? 良いねぇ、幸せなだなぁ」
「あ?! 杉島さん、おはようございます。あれ? におっちゃいました? それはそれはすいません」おそろおそろ目はそらさずに深く犬のようにこうべを垂れました。
長い耳が地面につきそうなくらい。
もちろん長い耳があればなのですがね。
ニヤニヤしている本当は薄頭の杉島さんは太り気味なのを気にしているようです。
でも、なんだか不気味な時もあるんですこの人。
「ほんとたのんますよぉ、昼ごはん食べた後なのにホルモンの良い匂いで、まーたお腹減っちゃって、ついつい冷蔵庫、探っちゃいましたよ。これじゃダイエットになりません、ハハハ。今度はご馳走してくださいね、ビールはご馳走しますよ! 持参します。ドライ派でしたっけ?」
僕ちゃんからぬるいビールのような苦く乾いた笑いがでました。
もちろんそりゃ演技です。
「アハ、ハハハ!! そりゃすんません。食欲そそっちゃいました? またそのうちご一緒しましょう。誘いますよ。ホルモンとビールはやたらあいますからねぇ! ちなみにわたくしは一番搾り派です。もちろんドライもすきですよ」とまぁ、普段の近所づきあいのお陰で、マンションの住人にはまったく何も怪しまれませんでした。
と、思われます。
幸い昼間このマンションにいるのは僕ちゃんと杉島さんくらいのような気がします。
世のみなさまは、ちゃんと労働に勤しんでおります。
ごく当たり前のことです。
早咲きの桜並木をのんのんと歩いていく杉島さんに、ごきげんようと手を振っていると、タイミング良くマンションの前を闖入者が通りかかりました。
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