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《高校生編》15.また剣道始めたらどうかな?
だけどいざ話そうと思ってもどう切り出せばいいのか分からず、押し黙ることになってしまう。
俺のその沈黙を抵抗と捉えたのか、平は更にきつく俺を抱きしめた。
「俺には言えない……?」
もう。耳のすぐ横で喋んな。俺は頭を振って距離を取ろうとした。
「近すぎ」
「駄目。答えるまで離さないよ」
「じゃあ耳止めろよ」
自覚があるんだかないんだか知らないけどさあ。俺結構平の声ヤバいんだよ。こんな所で誘引フェロモン振りまきたくない。
「てるちゃん」
「言うから。――言うからちょっと待てったら」
俺は必死で頭を整理しはじめた。
平は拘束は緩めないままに、しかし黙って待っている。
「えーと、俺が悩んでたのは、進路の事なんだよね」
「進路?」
「うん。大学何処行こうかなあとか、就職はどうして、なにになろうかなあとか。……それで勉強頑張ってた」
「なんだ、そっか」
聞いてみればありきたりで、この時期の高校二年生としては当たり前の悩みだったからか、平はほっとしたように腕の力を抜いた。
俺は腹の前に回されている平の手を弄びながら、続ける。この先を続けるのには勇気が要った。
「俺、大学行っていいんだよな……?」
俺的には核心へと通じるこの問いに、平は身を強ばらせたようだ。
「え、なんで……?」
その反応に、俺はひとまず息をつく。
「大学行かずにつがいになって子ども産めとか……そういうの思ってたらどうしようって、結構不安だった」
「え、いやいや! 思ってない思ってない。そりゃ子どもはいつかは欲しいけど、俺はまだまだてるちゃんを独占したいし、それに経済力もないと……!」
「だよなあ。そーだよなあー……だけどもしお前が俺を閉じ込めたいとか言い出した場合に、”俺はこれがしたいんだ!”って反論したくて、色々なりたいものを探したんだけど……」
「そもそも閉じ込めないから! 閉じ込めたいけども!」
「閉じ込めたいのかよ……」
「しないったら! そんなのてるちゃんが幸せじゃないじゃん!?」
平のその剣幕に、俺はちょっとえ? と思う。
「――お前の判断のポイントってそこなの? 自分がどうしたいかじゃなくて?」
「当たり前でしょ。俺の幸せよりてるちゃんの幸せだよ」
平の宣言っぷりには、誇らしさすら滲んでいない。気負ってそう決めているのではなく、本当に心の底からそう信じているようだった。
俺はその事に、かなりの違和感を抱いた。
「ちょっと待って平。ちゃんと顔を見て話そう」
違和感というか危機感というか。
コイツ確かに、なんでもかんでも俺優先で自分をおざなりにするところは、昔からあった。
俺は平の腕の中で上体をねじり、平の顔を見上げる。話をするにはあまりにも距離が近いような気がしたが、平は俺を抱く腕を解く気はないらしい。
「なに?」
「じゃあさあ、平の幸せって何?」
そう聞くと、平はいぶかしげに眉を寄せた。なんでそんなわかりきったことを聞くんだ、って感じだ。
「てるちゃんが笑ってくれること」
平の返事に俺は思わずへらっと笑った。笑い事じゃない気は濃厚にするんだが、笑いしか出なかった。くっそかわいいよなコイツ。多分本気で本心なのがすげえ。思わず俺の方が幸せさのあまり、一瞬で茹であがりそうになった。
だがともかく今のは、俺が質問の仕方を間違えた。知りたいのはそういう事じゃない。
「じゃあさあ、平、将来の夢とかある? なんかやりたいこととかなりたいものとか」
この問いには平は、無表情のまま数度瞬いた。
――あるんだな。
確信を持った俺は、平が口を開くのを待つ。けれども平は、ふっと目をそらした。
「今は俺のことよりてるちゃんのことだよ」
「平」
「それでてるちゃんは、大学とか就職とかどこ目指してるの?」
「……平」
「昔聞いた夢は、剣道の先生だったよね。それからレスキューとか、体操のおにーさんとか。最近はそういうの聞いたことなかったけど、今もそう?」
「平!」
「あのね、てるちゃん、そう――体育大学に行けばいいんじゃないかな?」
「へ?」
話をそらそうとした平を睨み付けていたはずなのに、俺は平の言い出したことの思いがけなさに、一気に意識を浚われた。
「体育大学? 何言ってんだ。オメガが入れる訳ないだろ」
そりゃあ勿論そこは、俺がアルファだったなら第一志望間違いなしの大学だよ。だけど俺はオメガだ。運動禁止のオメガを、体育大学が入学させてどうするんだ? オメガに入試資格があるはずないだろ。
「うん。俺も今思いついただけでちゃんと調べた訳じゃないんだけど……外れてたら、ごめんね。あのね、留年覚悟で一年待てば、俺とつがい契約を終えてからなら、入れるんじゃないかな……?」
ざっと全身の血が沸き立つ感じがした。
「ちょっと待て」
ひねった上体を戻して平の腹に寄りかかり、制服のポケットから携帯を取り出すと、慌ただしくタップして、情報を展開していく。平は俺の頭越しに、画面を一緒に覗き込んでいた。
「入試資格……”高等学校を卒業・修了した、または卒業・修了見込みのアルファ・ベータ・(つがい契約を完了させている)オメガとする”」
俺がぶるぶると震えながら凝視している一文を、声に出して読み上げていく平。
嘘だろ。本当に、こんな。こんな――――。
「平……俺」
あまりの衝撃に、その一文から目を離すことが出来ない。
「うん。行けるね、体育大学」
俺を膝に抱えたまま平は、俺の頭を撫でた。そっと耳そばに落とされた囁きは、俺以上にほっとしているような、優しげな響きを帯びていた。
俺はなんか、衝撃なのか感動なのか分からないもので全身をぞくぞくさせていて……そこに平が重ねて、
「ね、大学入ったら、また剣道始めたらどうかな?」
なんて事を言うので!
「平――――!」
嬉しさが振り切れてしまって、思わず平に抱きついた。
腕の中で突如飛び跳ねて一回転し、タックルのような勢いで抱きついたのだ。さすがの平さんの腹筋も吃驚したらしい。
「わわわっ」
平は俺を抱えたまま後ろに転げ、砂利の地面でごちんと背中を打った。
「平、平ぁ! 嬉しい! 俺すごく嬉しい!」
俺は平の腹にダイブしたまま笑い転げた。
「うんうん、良かった良かった。俺は背中痛いから、起き上がるねえ?」
平は腹に乗った俺を抱いたまま腹筋のみで起き上がる。さすが割れてる腹! 今やそんな事にまで大受けして、笑いが止まらない。
「俺剣道する。きっとすっごく衰えてるから弱っちいと思うけど……! 平、俺のことちゃんと咬んでね? 楽しみにしてるから……!」
あははうふふと笑い転げながらねだれば、平がかあっと顔を赤く染める。
「ば……! それ全然嬉しくないし! 剣道に負けたみたいで全然嬉しくないし!」
そんな事言われたって、俺は今嬉しくて楽しいのだ。
「ごめんな平。でもありがとう~!」
いやあ、オメガにもそんな抜け道があるとは。平よく気付いてくれたよな。感謝を込めて頬にすり寄れば、まだちょっと怒ってるというか拗ねてる感じの平が、唇を合わせてくる。ここが学校であることまでは吹き飛んじゃいなかったけど、誰もいないし、まいっか、と俺からもちゅっとしてやった。
「ああもう……! なんで学校なんだよ。今すぐ押し倒したい」
さすがにそれ以上キスするのはやばいと思ったのか、平は俺をぎゅっと抱きすくめるに留めた。
「――いい匂いが濃くなってるし」
「え、マジ? あんまり濃くなりすぎると校内歩けないじゃん」
俺は慌てて携帯をプロテクターとリンクさせる。示された数値は、確かに安全濃度を若干上回っていた。大学のことで興奮しすぎたらしい。俺は気を落ち着かせようと、はすはすと深呼吸を試みる。
「ねえてるちゃん今日暇?」
ところが平はそんな俺をよそに、未だがっついた様子だ。俺は顔をしかめた。勿論何を求められているのかは見当がついているが。
「――今日って、むしろお前が部活だろ?」
「……そうでした」
平はがっくりとうなだれた。部活をさぼるなんて許さないからな。俺がそういうスタンスなことは、平は十分理解しているんだろう。
「じゃあ明日は? 土曜日じゃん?」
「明日はなんかかーちゃんが買い物付き合ってって言ってた。俺荷物持ち」
「そっかー……じゃあ日曜日は?」
「午前中に映画見に行くけど、その後なら空いてる」
「映画? 誰かと行くの」
「ひとり」
俺がそう言った時点であらかた察したのだろう。平は更にうなだれ、俺の首筋にしなだれかかって来た。
「あー……ホラーかあ……」
「そうそう。ホラーの新作~。今日が封切りなんだよね。平も観たい?」
「――全然観たくない」
平はこう見えて案外怖がりなのだ。お化け屋敷とかも嫌いだもんこいつ。
俺を誘いたい――というかぶっちゃけベッドに連れ込みたいのに手詰まりになった平は、フラストレーションをため込んだ様子で俺をぎゅうぎゅうと抱きすくめてくる。
初体験は早々に終えた俺たちだけれど、あれから一ヶ月半くらい経つというのに、実は初体験を合わせて二回しか出来ていない。さすがにばれると気まずいので母がいない時を見計らうんだが、なかなか機会がないのだ。俺たち距離が近すぎて、反対に不自由な気がするな。普段俺ん家にばかりいるのに、平の家に二人で引きこもったらモロばれじゃん?
とは言え俺にだって、平と抱き合いたい気持ちはある。
「なあなあじゃあさあ、俺が映画見終わった後に合流するのはどうよ? 昼一緒に食べてデートしよーぜ~」
「デート」
「映画見終わった後だから、十一時半ちょい過ぎくらいかな? 十二時でいっか。駅前で待ち合わせってのは?」
「行く。デート行く」
「うんうん。じゃあそーしよ~」
普段出かける時は家を出る時から一緒なので、待ち合わせなんてあまりした記憶がない。ふはは、それはそれで楽しみだなあと、俺は平の腕の中で笑った。
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