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《中学生編》02.俺の代わりに剣道しろよ
「つがいを、予約」
俺は馬鹿みたいに平の言葉を繰り返した。
「うん。つがいには十八歳にならならいと成れないって決まってるでしょ。だからそれまで、俺に予約されててほしいなって」
「……ていうかナニそれ。お前俺のこと好きだったの?」
「うん。好きだよ。そういう意味でずっと好きだったよ」
「――いつから」
そこまですらすらと答えていた平が、この質問には言い淀んだ。
「……わかんない」
俺と平は生まれながらのお隣さんなのだ。出会った時のことなんて覚えていないし、初めて交わした会話どころか喋る前から一緒にいた。
「えーとつまり、気がついたら好きだった、ってこと……?」
俺が訊ねると、平は恥ずかしそうに頷いた。
耳まで赤く染まりはじめた平を眺めていると、告白されたっていう実感が突如湧き始める。俺はがばっと立ち上がると、ドアの方へと平を押しやった。
「帰れよッくそぉ!」
「てるちゃん!?」
「バカ! 平の馬鹿! 俺オメガなのショックで剣道出来ないのショックで……なのにお前はそんなのどうでもいいみたいに!!」
「あっ、ごめん、ごめんね――俺……!」
「なにが予約だよ。まだアルファだって確定してもないのに偉そうに!」
「てるちゃんごめん。怒らないで」
俺に追いやられてドア側へと移動しながら、平は眉を下げている。
一学年差の幼馴染み。実際は半年差程度の俺たち。オメガ確定の俺と、暫定アルファの平――だけど平は、俺と縦も横も変わらないくらいで、優しい気性をしている。しかも趣味は料理と製菓でさ……平の方がよっぽどオメガみたいじゃん? そんな平がアルファなら、俺だってアルファで良かったろ?
そういう口惜しさが、俺にとんでもないことを口走らせた。
「そんなにアルファだって自信があるなら――俺の代わりに剣道しろよ! 全国行けよ! 優勝しろよ! ――そしたら、予約だろうがつがいだろうが受けてやらぁ!」
ほぼ半泣きで、俺は平を廊下へと押し出す。そしてこれ見よがしにバタンとドアを閉ざした。返事を聞く気はなかった――どうせ、争うのが苦手な平には剣道なんか出来っこない。
廊下に押し出された平はそのまま大人しくどっかへ行ったようだ。
俺は再びベッドに転がると、クーラーの冷風を浴びているうちに眠ってしまったらしい。コンコンとドアをノックする音で目を醒ましたが、ぼんやりとしてしまって反応出来ずにいるうちに、ガンガンと大きなノックになり始めた。
これは兄の猛だ。
「開いてるよ!」
聞き苦しさに声を上げれば、すぐさまドアが開く。
「わお真っ暗」
言うなり兄はバチンと電気を付けた。照明のまぶしさに目を灼かれ、俺はひいぃと呻いてうつ伏せ、枕に顔を埋める。
「てるちんオメガで落ち込んでるんだって~?」
兄の脳天気なからかいが後頭部を直撃する。どいつもこいつも煽ってくるし、どいつもこいつもアルファと来た。むかっ腹を立てた俺は、兄に枕を投げつけた。
「落ち込むに決まってんだろ!?」
重たいそば殻の枕はたいした速度も出せず、ぼすっと間抜けな音をたてて兄の腕に収まる。
「アルファはいいよなッ。なんにも変わらなくて! 俺なんか男でオメガだから――……女になるようなもんじゃん……」
枕を抱えたまま俺に歩み寄った兄は、俺の背をぽんぽんと叩く。兄とふたり並んでベッドに腰掛け、兄に返された枕を抱えてうずくまる。
「いきなりつがいとか言われても、わかんねぇよ……」
実際、学校で母親立ち会いの元、結果を見せられた時もいまいち分かっていなかった。オメガの母と並んで帰る途中でも、剣道が出来なくなる愚痴ばかりを言っていた。
平につがいになりたいと言われて初めて、俺は、自分が今までとは全く違う存在になったことを自覚したんだ。
「だって今まではさあ、男と女しかなくって、”男は女が好きで当たり前”みたいな雰囲気ン中で好きな女の子のタイプとか話してきたわけじゃん? それがいっきりなり、お前オメガだから男とつがって子供産め、ってナニそれ……!」
男と女、アルファとオメガとベータ。男のオメガが子供を産める以上、同性愛は禁忌でもなんでもない。だけどベータ同士やアルファ同士の組み合わせでは、同性カップルが少ないのも事実だ。それにな、男オメガが女アルファとつがっても、やっぱり母体になるのは男オメガの方なんだよ……!
「あー……そりゃまあ、ビックリするよなあ」
俺の剣幕に驚いている兄の猛は、今年大学二年生だ。俺とは六つ違いの、頭の良さでも容姿の良さでも自慢の兄貴である。オメガの母に似た俺とは違って父似の兄は、性別も父から受け継いだのかアルファだ。まあ兄に関しちゃ、子供の頃から抜きん出て優秀だったから、第二性診断前からアルファ扱いだったんだけどね。
「それは、男のオメガがみんなぶつかる壁なんだろなあ……」
兄は俺の頭をくしゃりと撫でた。その言い方にあまりに実感がこもっていたので、おや、となる。
「あれ、にーちゃん、恋人とかいる? 男のオメガなん?」
「俺のことはいいんだよ。それよか照、お前、平になんか言っただろ?」
「なんか言われたのはこっちだよ!」
「へー、つがいになってとか言われたか?」
ずばっと指摘され、俺は絶句した。頬が赤くなって行くのが自分でも分かる。
「な、なんで……」
「え、いやだって、平がお前のこと好きなのなんてみんな知ってんじゃん?」
「みんな!? みんなって誰!!!」
「とーちゃんもかーちゃんも、もちろん平の親御さんも知ってるだろ~?」
「ええ!?」
いやいや、俺は知らなかったよ!? そりゃ平とは仲いいけど、普通に幼馴染みの範疇だと思ってたよ!?
「まあ、そりゃいいとして。平、俺のこと待ち構えてたみたいで、帰るなり真っ先に『今から剣道はじめたらどのくらいで全国一位になれる?』って訊かれたんだけど」
「ええ!?」
「照お前平に何言ったの?」
「――平が『つがいになるのはまだ無理だから予約させてほしい』って言ってきたから、『だったら剣道で全国大会でて優勝したら予約だろうがつがいだろうがなってやるよ』って言った……」
「うわぁ」
兄が引き気味に俺を見おろす。
「平あれ本気にしちゃったんだ――……」
頭を抱える俺に、兄は真面目な顔で諭してくる。
「そりゃ本気にするだろうよ。何故って、平自身が本気だったからだ」
そう言われて、俺は自分が恥ずかしくなった。平は確かに無神経だったかも知れないけど、俺は不誠実だった。
「……明日会ったら謝って、それは取り下げてくるよ。つがいだの予約だのは、……まだわかんないけど」
そんな訳で、俺は次の日の朝イチに平に、
「昨日のアレ、ナシで」
と言おうと思っていたのだが。
朝起きてリビングに向かった俺が見たのは、俺の母親に剣道着の袴の着方を習っている平の姿だった。
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