《高校生編》17.指輪

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《高校生編》17.指輪

 初めてのデートだったのに結局おうちデートになったのはなんでなんだろな。ってのが結構疑問だったんだけど、その答えは三日後くらいにやって来た。 「てるちゃんこれ間に合わせだけど!」  もう寝ようかなという時刻に平からメッセージが来て、庭に呼び出された俺。庭伝いにやって来た平は、リビングのカーテンを透かす淡い光に、なにかを煌めかせた。 「……指輪?」  意表をつく物の出現に、俺は目を見開く。 「うん。これ付けといたら、ああいう奴ら撃退しやすいかなと思って」 「……あー、ナンパ気にしてた……?」 「そう。今し方届いたからすぐ持ってきた。付けていい?」  俺が返事をする間もなく、平は俺の指に指輪を押し込む。節の立った関節もなんなく通り抜け、その指輪はぴたりと俺の左手の薬指に収まった。 「サイズ」 「寝てる間にはかりました」  って、あれの後か? 俺は思わず赤面する。 「急に思い立ったから値段もデザインも間に合わせなんだ。ごめんね。結婚する時にはちゃんとしたの買おうね」  俺は指輪をしげしげと眺めた。 「デザインってもなー、石とか要らないしな-」  そうすると当然、今嵌められたみたいなこういうシンプルなわっかだけのになるよな。 「まあそうなんだけどね」  こないだのナンパ野郎はしつこくて辟易したし、何より平の気持ちが嬉しかったので俺はむふふと笑った。 「ありがとな。助かる」  つがいの契約痕を付けられない年少のオメガなら、代わりに婚約指輪をするのはそれなりにある。だからこれを付けているだけで、ああいう手合いへの牽制になるだろう。 「……んでもさあ、これ学校ではどうしたらいいの? さすがに恥ずいっちゅーか」  オメガがつがいに関係して身につけるものには、学校は制約をつけないと思うんだけど、でも視線がさあ。  戸惑いがちに見上げた俺への返答は、きっぱりしたものだった。 「外さないで。いつでもつけておいて」  あ。ハイ。  こういう平は駄目だ。反論しても聞き入れてはくれないって知ってる。  でもさあ、そしたら俺だけが好奇の目に晒されんのかよ。それなんかちょっと不公平じゃね? 「やー! でもだったらさあ! お前もしろよ指輪ー!」 「え」 「だってつがいがいるのはお前だって一緒だろ? お前は強いから虫除けなんかいらないんだろうけど、これってそんだけの意味じゃないだろ?」  そう言うと、平は恥じらうように目元を染めた。あ、照れるってことは自覚アリね? 「だろー? 俺がお前のものなように、お前は俺のな訳だ」  だったら俺だって、平の所有権を主張したいよ。どっかにすっごい肉食獣みたいなオメガがひそんでるかもしれんし。知らんけど。  今は俺たち話題だから、手を出そうって奴は学内にはいないだろうけど、俺が卒業してから入ってくる新入生とかがさ「仁科先輩格好いいー!」とかなったら、俺はめたくそ面白くない。  という訳で、平もやっぱ指輪必須だな。 「つーことで、今度の休みにはお前の指輪買いに行くぞー!」 「え、わざわざ買いに行くの?」 「行こうよ。デートやり直し。今度こそ」  初デートがおうちデート化したことを振ってやれば、平は気後れした様子で頷いた。ちょっと悪かったと思っているらしい。 「――なんだ。だったら一緒に買いに行けばよかった」 「なー。お前勝手に突っ走りすぎ。相談しろよ」 「……なんかてるちゃんに声掛けてくるアルファがいるってだけで頭煮えてたから……」 「お前自身のことは特に考えてなかった?」 「うん。でも――そうだよね。普通一緒に付けるよね」  そこで俺はにっこりと笑った。 「俺はお前の選んだこれでいい。だからお前にも、俺が選ぶ指輪に口出しはさせない」 「え――ちょ、あの、変なの選ぶ気じゃないよね……!?」  俺の微笑みが禍々しく見えたのか? 失礼だな平。俺は更に笑みを深めて、再びにっこりした。 「ふつーだよふつー」  単に、俺がお前に付ける所有印に口出しさせない、ってだけで。  それって案外、恍惚なんじゃないの?  お前もひとりで指輪選んで、そういう気分味わったんじゃないのか? 「じゃ、そんな訳で。今度の休みは一緒に買い物な」  忘れずに貯金降ろさないと。俺も平もバイトとかしてないから、軍資金がお年玉ってのもアレだけど。まあ結婚指輪は奮発しようぜお互い。 「う、うん……。楽しみにしてるね」  ちょっと呆けた様子で、平は家へと戻っていった。  俺は上機嫌で部屋へと取って返し、携帯で男性物の指輪をあれこれ検索して、デザインの傾向とか行く店舗とかを探してみた。楽しみだな。  ま、そんな訳で、二度目のデートはごく普通に遂行された。  俺は指輪を選んだけど、それ以外――食事とかお茶とかそういうの――は平が選んだ。あいつ自身はそんなに甘党でもないはずなのに、「てるちゃんと一緒なら入れる」とか行っていかにも女の子が好きそうなおしゃれな喫茶店入って行くの。どういう意味なの。お前は俺をなんだと思っているの。などと文句を言いつつも、外見が良いだけの店じゃなくて出てくるケーキが本格的で美味しくて、思わず二個も食べてしまった。  まあ、その後は仁科家にご帰宅したよね。  二回目のデートは、すごく楽しかった。  そしてあっという間に夏休み。  俺は一年空けての体育大学受験を親に許されたので、気楽なものである。適度な勉強と運動をこなしながら日々を過ごし、たまに平とデートする。  平自身は、部活だ道場だ、と毎日何時間も竹刀を握っていた。  八月十七日は平の誕生日――といっても、普通にデートして終わってしまったな。出掛けて昼を食ってぶらぶらして平の選んだケーキ屋とか喫茶店でケーキ食べて、仁科家にご帰宅して仲良くして……っていういつもの流れ。プレゼントはあげたけど、平自身に選ばせたら、筆箱だった。革の筆箱、つーかペンケースとかあるんだな。  で、九月――新学期に入った途端に俺は発情期になって……薬で散らしながら大人しく過ごした。あらかじめ飲んでると、ちょっと気怠いぐらいで済むんで吃驚だ。でもなんか、やたらドキドキする気がしたので平とは行きと昼以外には会わないようにした。ま、三日くらいで終わったからそんなに淋しくなくて良かった。  そんな風に特筆すべきこともなく日は過ぎ、俺は高校三年生。平は高校二年生になった。  高校二年生では、平は全国に駒を進めた――つっても、やっぱ汐見だよ。県大会で汐見と決勝をして、負けて二位出場だったんだ。……俺と同じ流れだよな。  俺は汐見に出くわす訳にはいかないので会場に応援にも行けなくて……、入江先生の録画が頼りだった。でも入江先生だって忙しいからネット経由ででもそんなすぐ送ってくれるはずがないし、何より本人がそれより先に帰ってきて結果聞けちゃうしな。だから結果を知った上で録画を見ることになるんだけど、それでも毎回すごいドキドキした。  全国。  俺の八つ当たりで剣道始めた奴が、全国行っちまったんだぞ。俺も行ったことない、未知の、インターハイだよ。これに興奮しない訳がないだろ。  夏休み中盤に剣道全国大会へと泊まり込みで出掛けて行った平は、特に怪我もなく無事な姿で帰って来た。俺は当然、その結果を知っている。  そしてその二日後に、入江先生から、平の試合記録が届いた。俺はその録画ファイルをノートPCに落としたものの開封せずに、平の家へと向かった。  二人で見たいと思ったのだ。
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