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《中学生編》04.アルファがどれだけ変われるか
※ 猛視点
その日の用事を終えてさーて帰んべかと携帯をチェックすると、新着のメッセージが幾つか届いていた。その内の二件が、照と平――弟と弟もどきからだった訳だが、内容を見て思わず溜め息を漏らした。
「なんなのこいつら」
照からは、
”平の奴、剣道部に入部届持ってきたんだけど!”
”平に剣道なんて出来ないと思うんだけど、どうやって思いとどまらせたらいいんだろ。一応一週間の仮入部で受け付けたんだけどさあ”
”にしてもさあ、今日部の奴が『あいつどう見てもアルファ』って平のこと言ってたんだけど、そんな風に見える?”
”平の両親がアルファ同士って知らなかったら、平はオメガっぽくね?”
”平に比べたら俺の方がアルファっぽいじゃん。平は昔、剣道やるって言ってたのに結局怖がって泣いちゃって出来なかったんだからさあ。今でもやっぱ無理じゃね?”
”だからさあ、どーやって止めさせたらいいんだろ。にーちゃんいい案ない?”
平からは、
”今日剣道部に入部しました。舟木剣道場にも入会したいと思います。猛兄、時間があったら指導して下さい”
温度の全く違うそのメッセージを読み比べると、俺はどちらにも返信せずに家路についた。
電車を乗り継ぎ家に辿り着く頃には、秋の陽はとっぷりと暮れて真っ暗だ。時間的にも、弟たちの夕食は終わった頃である。
自宅は高く塀を巡らせていて母屋の様子は窺えないが、その隣の仁科家は、しゃれたフェンスの隙間からちらりと灯りが見えている。俺は自宅をスルーして仁科家の前に立つと、インターフォンを押し込んだ。
しばらくしてから応対した平に、俺は仁科家に迎え入れられた。
「中まで入る?」
「いや、訊きたい事があっただけだから」
玄関を開ける為に框を降りた平は、当然のことながら俺よりも小さい。大体照と同じくらいと考えると、一六〇前後って所か。身体付きも、照と特に変わらないくらいの細身である。加えて顔立ちは優しげで、雰囲気も柔和だ。
俺はそれらを確認しつつ、馬鹿だなあと思った。
「照はお前の本気を疑ってるけど、お前は本気なんだよな?」
主語のない問いかけだったが、平は察して頷いた。
「本気だよ」
表情も目つきも優しげなままだが、瞳には優しげな色など浮かんでいない。真剣を通り越した、いささか狂気じみた本気っぷりだ。
「だよなあ」
俺は深く頷くと、『やっぱり照は馬鹿だよなァ』とぼやいた。
「てるちゃん? なんで?」
「だってなあ」
こんないっちまった目をした奴を、オメガと見間違えるなんて。いやぁむしろ、オメガだからこそ、この際だったアルファっぽさに鈍感で居られるのかね?
「照の奴、『アルファはいいよな。なんにも変わんなくて』なんて言うんだぜ」
アルファからしたら冗談みたいな発言だぞ。俺らアルファを否応なしに変化させていくのは、いつだってオメガだというのに。
俺を見上げた平は、首を振った。
「俺は変わりたい。てるちゃんに意識してもらえるように、変わりたい」
平の言葉に、そうでなくては、と頷いた。
俺が思うに、アルファって二種類いるんだよ。オメガによって変えられるのを是とする奴と否とする奴。昔は否とするオメガアレルギーみたいな、ヒステリックで自己愛の強いアルファが権勢を振るってたんだろうが、最近は色々と変わったからこそオメガが守られるようになったんだろうな。
「だから猛兄、俺に剣道を教えてよ」
照を切っ掛けに積極的に変わっていこうとする平は、明らかに是とするアルファだ。執着も激しいだろうが、その分愛情も惜しみなく注ぐだろう。
俺は平の頬に両手を添えて上向かせ、色素の薄い目を覗き込んだ。その透き通った無心さに、胸を射られるような心地がする。こいつは、照の為ならなんだってやっちまうんだろうな。それが間違った事でも、自分の身を危険に晒すことでも。
――照よ、この危うさを、お前は上手く調和させてやんなきゃなんねーんだぞ。
そして幸福へと導いてやってくれ。
「いいだろう。教えてやるよ平。アルファがどれだけ変われるか、オメガに見せつけてやれ」
俺はこう見えて、剣道のインターハイ個人戦優勝者なんで。実際にどれだけ伸びるかは平次第だとしても、俺がしてやれることはそれなりにあるだろう。
「照にお前のすごさを見せつけて――惚れさせてやれよ」
そうしたらお前は、いや、きっと照もすっごい幸せになれる。俺はお前ら二人の兄として、それが見たい。すごく見たい。
「うん!」
平は頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
まあ、年相応のあどけない笑顔だ。顔立ちの優美さもあって、確かにそれだけならオメガに見間違えられるかもなあ。
「そいや平、照の近くにアルファがいるっぽいな。気をつけとけよ」
照に向かって”平はどう見てもアルファ”だと断定した奴は、確実にアルファだ。
それから幾つかの決めごとをした俺は仁科家を出、ようやっと自宅へと戻った。
メッセージを無視されたと照は怒っていて、俺にうるさくまとわりついてきた。俺は飯を食いたいんだが。そして食ったはずのお前がいちいちねだって、にーちゃんのおかずをかすめていくのは何故なんだ。
「無理かどうかは平が決めるだろ」
未だに「平どうしちゃったのかな? 平には対人競技なんて無理だよ」なんて言ってるんで、にべもなく撥ね付けてやる。
「え、でも、あの泣き虫な平だよ? 面を付けても泣きじゃくって竹刀握ることも出来なかった平だよ?」
こわいからやだぁぁぁ、って叫んでた平四歳だよな。俺も覚えてる。
でも照よ、平はその頃の平とは、もう違うんだぞ。
「てるちんはさー、じゃあ平はどんなんだと思ってんのよ? さすがに、竹刀も握れず泣き出すと思ってる訳じゃあんめえ?」
いやもうそれどころか、今の平なら照ほしさに、どんな奴だろうとバシバシ打ち据えると思うね。
「……そりゃそんな赤ちゃんみたいだとは思ってないけど……」
照は落ちつかなげに視線を動かしながら、しばし考え込む様子だ。
俺はおかずのハンバーグを切り分けて差し出してみる。するとぱくっと食いついた。もごもご口を動かしながら、それでもまだ考えているらしい。ああ、そういえばこういうのもやめないとな。平に嫉妬される。
「ええとね、俺は――平ってさあ、優しいじゃん? 物腰穏やか、っていうの? そういうのが平だと思うし、別にそれでいいと思ってるんだよ。うん――そういう平が、剣道を始めて変わっちゃうのが怖い、とか、申し訳ないとか思ってるんだよ、俺は」
へええ。照は今の平を肯定してるんだね。でも今の平に惚れてるって感じでもないなあ。
「う~ん。あの平が、剣道はじめたくらいで鬼気迫る性格に変わると思う?」
てるちんのそれは杞憂じゃないかな~? と言い添えて、ハンバーグをもう一切れ放り込んでやる。うんまあ、こういうのはにーちゃん特権ってことで、許せよ平。
「きっと大丈夫なんじゃないかなーとにーちゃんは思うよ。心配なら、てるちんがひっついて優しくしてやんな? そしたら、きっと平も優しいままで居てくれるよ」
そうやって平を調和させて、優しいままに強く育ててやってくれよ。
「そうかなあ……」
「そうだよ」
で、俺は今週末に平を剣道場に連れて行く気でいるが、それはもうちょっと黙っといた方が良いだろうな。照が、変わっていく平を受け入れられるようになるまでは。
※ 猛視点終了
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