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 雨上がりの町は、瑞々しい光に満ちている。街路樹の葉から滴り落ちる雨の滴。 「昨日、『The Sound of Music』を観たでしょう? マリアとトラップ大佐の結婚式の場面で、思ったことが三つあるの。──どうすれば神を求めずにいられるのか。どうすれば神を信じることができるのか。そして、どうすればこの二つの問いを持ち続けていられるのか」  修道院から、トラップ家に家庭教師として派遣されたマリア。彼女はトラップ大佐と愛し合うようになり、修道院を出て結婚することになる、その結婚式の場面のことだ。  マリアは修道院の中で、修道女たちに祝福を受ける。純白のドレスを着て礼拝堂に向かうマリアと、それを囲む修道女たち。修道女たちはでも、鉄格子の外には出ない。修道院の外には出ない。自分で閉じこもった聖域の中から出ることを禁じられた彼女たちは、鉄格子越しにマリアを見送る。 「ああ、それで。それなら──あ、あのドレス、雫先輩に似合いそうです」  言いかけたことを最後まで言わないで、後輩は近くの服屋に入ってゆく。後輩は、たとえば気ままな猫のよう。  「あら素晴らしい」  後輩が目を付けたのは、シルクの薄いスリップドレスだった。ベージュ地に、黒いレースが配してあるけれど、甘いところはなくてとても冴えている。  このドレスを着たら、きっと体温が低く見えるだろう。ハンガーへ引っかけるような風に身体へこのドレスを引っかけて、まっすぐ無造作に突っ立ってみたいと思った。 「なんか、雫先輩のためのドレスみたいです」  眩しそうに目を細めて後輩が微笑む。美しい笑み。後輩が笑うたびに、このひとはどうしてこんなにも美しい顔をしているのだろうと疑問に思う。 「よろしければ、ご試着になりますか」  寄ってきた店員に勧められるまま、試着室でドレスを纏う。  シルクはストレッチ性がないから敬遠しがちな素材だが、このドレスは見事なカッティングの技で身体に美しく沿ってくれる。インポートなだけに思いきって胸元が深く開いた、けれども肉感的な雰囲気を持たない細身のドレス。  ドレスのまま試着室から出て、裾を掴んでポーズをとる。 「どう、似合う?」 「Bellissimo(すばらしい)!」  満面の笑顔で後輩が頷く。 「ありがと後輩」  後輩の言葉なら、素直に受けてしまう自分にあらためて驚く。 「じゃあこのまま帰りましょうか」 「このまま?」 「せっかく似合うんですから、今日はこのドレスでいてください。お会計なら済ませてありますから」  爽やかな笑顔で平然と言ってのける後輩。私はただただ唖然としてしまう。 「……Davvero(ほんと)?」  たっぷり十秒間を開けて、やっと私の口から転がり出たのは、こんなイタリア語だった。  ふふ、と笑って後輩が頷く。 「Ti giuro(ああ、誓ってね)
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