弐拾七時頃の空に。

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彩華は店を出た。 今日は彩華にとって最悪の日だった。 三時間のロングの予約の客が入っていると連絡を貰い、意気揚々と出勤した。 その客が最悪の客で、乱暴なプレイを好む客だった。 部屋に入るなり来ていたドレスを引き千切る様に脱がせると、数発のビンタを彩華の頬に入れる。 彩華は慌てて黒服を呼ぶが、一向に助けはやって来ない。 そのまま押し倒され、プレイに入る。 怖くて声が出せなかった彩華は黒服に繋がる電話の外れた受話器の揺れをじっと見つめていた。 金を払えば何でも許されると思っている客ももちろんいる。 しかし、その許容範囲を超える客に対しては罰金や退店、出入り禁止などの対処をしている。 しかし、今日に限って黒服は彩華の部屋に来なかった。 部屋にカメラなど無い。 客にそんな事をされたという申告をしても、現行犯で押さえないとなにも証明するモノなど無かった。 風俗店という店はそんな危険と常に隣り合わせになる場所だった。 今日の私は仕事などしていない。 単に犯されただけだ…。 彩華は自販機で冷えた缶ビールを買うと、何度も叩かれた頬に当てた。 そんな乱暴なプレイをした客は、三時間の予約を二時間で終え、きちんとスーツを着て帰って行った。 その後に聞かされた話が彩華には衝撃だった。 その客はオーナーの知り合いで、黒服たちは彩華が甚振られる事を初めから承知していたという。 「少し変な趣味の持ち主だが、女の子を殺しはしない。適当な女を見繕って準備してくれ」 オーナーからのそんな指示で彩華が選ばれたらしい。 いつもより少しだけ多いギャラをもらい、納得してくれと黒服たちは言う。 冗談じゃないわよ…。 彩華は何処にも向けようのない怒りを吐き出しながら缶ビールを開けて飲んだ。 「これからはうちみたいな風俗店も新しいサービスを始めて、他と差を付けないとやっていけないんだよ…。理解してくれ…」 黒服にそう諭されたが、それに応じる気は一切なかった。 それならば、そんな事をしたい女を雇えば良い。 私はごめんだわ…。 彩華は道に転がっていた空き缶を蹴った。 その空き缶は虚しい音を立てながらアスファルトの上に転がった。 二度と行かないわ…。 あんな店…。 飲み干した缶ビールの缶を握りつぶすと壁に投げつけた。
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