弐拾七時頃の空に。

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彩華は店の近くのバーのカウンターにいた。 そこで何杯目かのビールを頼み、グラスの縁を指先でなぞっていた。 「どうしたの彩華…。店で何かあったか」 咥えタバコの店員は彩華の前に立ち、うるさい音楽に負けない大声で訊いた。 彩華はゆっくりと顔を上げると店員に微笑んだ。 「あんな店、もう辞めたわ…」 そう呟くように言うが、もちろん相手には聞こえない。 「え、何だって…」 男はグラスを拭きながら大声で言うが、彩華はそれに微笑むだけで、席を立った。 「ご馳走様…帰るわ…」 そう言うと財布を出した。 男は伝票を出して三本指を出した。 彩華はそれに頷き、三千円を男に渡す。 そして手を振りながら店を出た。 店を出た彩華を男は追いかけて来た。 「おい、彩華…」 彩華は振り返り、じっと男を見た。 「どうしたんだよ…。本当に何かあったのか…」 彩華は無言でTシャツの襟を引っ張り、胸に付いた痣を男に見せた。 「乱暴な客が来たのよ…」 男はその痣をじっと見ていた。 「黒服は…」 彩華は首を横に振る。 「店公認の乱暴なプレイよ…。新しいサービスにするんだってさ…。アンタも好きなら行ってみたら…。私は御免だわ…」 彩華はそう言うと歩き出した。 「彩華」 彩華の背中に男は声を掛けた。 彩華は振り返って、 「何…」 とだけ訊いた。 「ちょっと待ってろ…」 男はそう言って店のドアを開けて、中に向かって何かを言っていた。 そしてドアを閉めると彩華の傍に走って来た。 「お待たせ。行こうか…」 「行こうかって何処に…」 彩華は男に訊いた。 「お前の好きな所。何処でも良いよ」 彩華はクスリと笑って歩き出した。
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