プロローグ
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プロローグ

――スクールカースト。 語源はヒンドゥー教における身分制度。その頂点に君臨するは僧侶や司祭など、その国を支配する上流の人々だ。その制度に見立てて、学校での生徒間の序列を人は皆そう呼んでいる。 そのカースト上位に所属する生徒は、いわば陽キャの中の陽キャ。オタク気質な男女はおらず、クラスのリーダー的存在である。彼らの存在がそのクラスの明暗を分けると言っても過言ではない。 つまり、彼らの言うことは絶対。従わなければクラス全員を敵に回すことになる。そんな恐怖を一高校生が耐えられる訳もなく、皆心の中では否定しつつも、表では肯定して、そのしきたりに従わなければならない。   「おはようございます、海斗くん」 「おー、美奈おはよう」   ただ朝の挨拶を交わしただけなのに、輪の外側の生徒達がチラチラとそちらに視線を向ける。その視線の先には、男女三人ずつの計六人組。彼らこそが、このクラスのカースト最上位の面々だ。 彼らの生態としては、親しげにファーストネームを呼び合い、ボディタッチは日常茶飯事。スカートは膝上二十センチが当たり前。パンチラさえもネタにして、互いに弄って笑い合っている。 挙げたものだけを見ても、決して耳ざわりの良いものでは無いだろう。だが、思春期真っ盛りの高校生達にとっては、異性と話したり触れ合うことは、RPGゲームでいうレアな武器や防具を身につけて見せびらかすこと。つまり一種のステータスであり、自慢要素なのだ。 自慢が出来た方がモテる。こういう浅はかな考えを持つのが思春期の学生というものなのだ。   「ねぇタクくん!シュタバの新作見た?絶対映えると思うんだけど、今日の放課後行かない!?」 「へー、新作出たのか。でも悪い、パス。今日はバイトなんだ」 「えー!いいじゃん!バイトなんかサボっちゃいなよ〜!」   だから皆当たり前のように自分を売る。自分と一緒にいることはステータスになるぞと、身体を使って、言葉を使って表現するのだ。 俺の傍らにいる女子の邪魔にならないように気を付けながら、彼らのその光景を眺める。   「カズくん達はどう?一緒に行かない?」   そんな俺の視線に気付いたのか、一人の女の子が短いスカートの裾を翻して、俺の机に両手を叩き付けてくる。俺は内心では「うるせーな……」と思いつつ、表面上は笑顔で返事を返す。   「あー、悪い。今日はヒナと約束があってさ」 「ごめんね、優子ちゃん」   俺の机に腰を下ろしている女子生徒――ヒナが、申し訳なさそうに手を顔の前に立てる。 俺達の返事を聞いた女の子は、心底残念そうに頬を膨らませると、   「そっか〜。ヒナちゃんとカズくんが来れないなら今日はやめておいて、次みんなで行ける時に行こ!」   と、次の約束を取り付けるかのように声を上げていた。その声の大きさに、本を読んでいた数人の生徒がビックリしたように顔を上げて、こちらを見ていた。 別にここにいる六人に聞こえる程度の声の大きさで良いと思うのに……こういう所でもこの手の女子は目立とうとするのか。 彼女に変わって心の内で彼らに申し訳ない、と謝っておく。 頭上では、ヒナが「アハハ……」と困ったような笑顔を彼らに向けていた。彼女もきっと同じ気持ちだったのだろう。   俺は一つため息混じりに息を吐いた後、未だに俺達の返事待ちの優子に向かって、まるで猫を追い払うかのように手の甲を前後に揺らす。   「予定が合えばな。ほれ、授業始まるからはよ席戻れ」 「むぅー、カズくんが冷たーい!」   優子があざとく頬を膨らます。   「和樹くんが冷たいのは、いつもの事だと思いますよ」   俺が優子に席に着くように指示を出していただけなのに、いつの間に近付いていたのか、美奈と呼ばれていた女子生徒が、優子の隣で口元に手を当ててまるで俺を悪者扱いするかの様な目でクスクスと笑っていた。   「……それは聞き捨てならないな」   そんな彼女に、俺は苦笑い気味に返事を返す。   「あら、ごめんなさい。怒らせちゃいました?」   数瞬前までは笑っていたのにも関わらず、今度は目元に涙を溜めてウルウルとし出す美奈。その表情は、上気した頬と相まってとても高校生とは思えない魅力を醸し出しているようにも思えた。   「いや、全然。ほら美奈も、さっさとカバン置いて席に着けって」   でもまぁ、どうせあれもこれもこいつの演技だから、それさえ分かっていれば気に留める必要も無いのだが。   俺がテキトーにあしらったことが気に食わなかったのだろう、彼女は直ぐに涙を引っ込めると、ハァーっと深くため息をついて、コチラをじろりと睨みつけていた。同時にその妖艶な魅力も消え去り、高校生然とした雰囲気へと戻っていた。   「むぅ……。やっぱり和樹君には効きませんね。まぁ、いいでしょう。今回は素直に従います」 「いつもそうしてくれ」   ハイハイ、と適当な返事をしながら自分の席に戻っていく美奈。ホント、見た目と中身のギャップが凄まじいやつだな……。   机に置いてあった鞄を机の横に掛け、頬杖をつく。先程まで俺の席の近くにいた皆は、俺が美奈と話している間にいつの間にか解散していたらしく、ヒナを合わせた全員が自分の席で自分の好きなことをしていた。 一番後ろの席で彼らの背中を見る。   「一緒に居るといい奴らなんだけどなぁ……」   周りに聞こえないように注意しながら、深くため息をつく。   スクールカースト。現代の若者が生み出してしまった、学校生活における身分制度。 ――俺はそんな身分制度の、最上位に位置している。
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