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社長室にて
草太の目の前に重厚な扉がある。ノックと挨拶をして入室すればいい。
社会的なマナーは頭に入っているが、ノックすることができない。
社長に呼び出された理由がわからないからだ。
ひとつだけ、思い当たることがある。昨夜の夢だ。
「あれは夢だもんな。現実の話じゃない」
確認するように、昨夜の夢を思い出す。
春野主任の首が、ろくろ首のようにするすると伸びた。
叫び声をあげたら、なぜか社長が走ってきて、草太に襲い掛かった。
春野主任は社長を、「お父さん」と呼んだ。
いささか支離滅裂な気がするが、夢が現実の話だとしたら。
「ひょっとして、解雇……?」
理由は、社の秘密を知ってしまったから。
「ろくろ首だけに、『クビされる』とか?」
くだらぬダジャレを呟き、自嘲気味に笑う。
少しでも気持ちを明るくしたくて言ってみたものの、センスのなさを
自覚するだけで、余計に落ち込んでしまった。
扉の前であれこれ思案していたが、時間は過ぎていくばかりだ。
現実を受け入れるしかない。クビならクビで仕方ない。
草太は覚悟を決め、社長室の扉をノックした。
「入りたまえ」
六野社長の声だ。たった一言だけなのに、草太を震えあげさせるのに
十分な、威厳のある声だった。
覚悟が萎えそうになるのを感じながら、必死に己を奮い立たせる。
「し、失礼します」
お辞儀をして、そっと入室した。体が震えているのがわかる。
立派なデスクの向こうに、社長が背中を向けて立っていた。
後ろ姿だけなのに、異様な威圧感だ。
「き、企画部の田村草太で、す」
声がうわずっている。社長の背中から発するオーラが、草太の精神
にまで影響してくるのだ。
「田村草太くん」
「は、はい」
ああ、これはクビだ。
そうとしか思えなかった。
「君のことを調べさせてもらった。御両親のこともね」
「は……??」
クビにする人間を調べるとは、どういうことだろう?
しかも親のことまで?
緊張と混乱で、思考がまとまらない。慌てふためく草太をよそに、
社長がゆっくりと振り返った。社長の憤怒の眼差し。
その眼力に草太の覚悟は木端微塵に消えていく。
「おめでとう」
「はぁ、クビですか」
「クビ? 違うよ。むしろ出世だ」
「は……?」
社長がにたりと笑った。渾身の笑顔らしいが、怒りのオーラは
消えていない。恐怖しか感じない。
「今日から君は私の愛娘、六野美冬の下僕。
もとい、夫だ。当然承諾するな?」
草太にとって、思いもよらない展開だった。
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