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朝
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悪い寝起きだった。夢を見ていた。カーテンの隙間から顔を差す光の筋で目が覚めた。冷房機器が無いこの部屋は暑く蒸していた。古着屋さんで買った500円の膝まで隠すTシャツの襟元が、じっとりと湿っている。前髪は汗で額にくっつき、不愉快極まりない。クソ、と舌打ちをして天井を見上げる。全身汗だくで迎える真夏の朝は、何かに似ている気がしたけど、何なのかは分からなかった。
のろのろとベットから起き上がり、カーテンを少し開ける。紺色のシルクのような肌触りのいい生地は、引っ越した時に母に買ってもらったものだ。少しは女の子らしくしたら?とオレンジやピンクや黄色を勧めてくる母を押し切ってこれに決めた。外の明るさを通さないこの生地と色はとても気に入って、紺は部屋のベースカラーとなった。
決して広いとは言えない1kの部屋。コンロは昔ながらのガスコンロで、何度かガチャガチャ回してやらないと着火しない。備え付けの小さい冷蔵庫と洗濯機、電子レンジ。家電はそれだけだった。家具もそれ以外だとベットに正方形のガラステーブル。白いフローリングの上に紺色の毛先の長いラグが敷いてあるだけ。若い女の子にしては随分と殺風景な部屋だけど、個人的には気に入っている。余分なものは要らない。必要なものだけでいい。
洗面所で顔をジャバジャバ洗う。冷たい水もこの部屋の熱気でぬるく感じる。季節はすっかり夏だった。壁にかかったカレンダーは先月のままだ。
5月の紙を思い切り破って捨てる。
今日から6月が始まるのだ。
長嶋姫紀。21歳。フリーター。上京と同時に進学した大学は半年でやめた。それからは、家から歩いて8分の所にあるバーでアルバイトをしながら、ただなんとなく生きている。
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