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大口で欠伸がしたくなる、心地よい昼下がりの風が吹く。小高い丘の草原は、沖合の静かな波のようにゆったりと揺れていた。向かいの山陰から捨て鐘が響き、山鳥が数羽飛び立つ。麓の茅葺き屋根からのぼる細い煙の上を悠々と飛んでいった。
日向の子亀のようにうつらうつらしていたククリは、風に乗って届いた匂いに鼻を小刻みに動かす。
あのお家は、お昼に焼き魚が出るのかしら。
のぼるその白い線を人差し指でなぞれば、腹の底がぐるぐると動く。隣から小さな笑い声が聞こえた。
「大きな音だからびっくりしました。はしたないわククリさん。」
敷いた手ぬぐいに背筋を伸ばして座っていた少女は、編んでいた花冠で口元を隠した。ククリは頬を赤く染め、最初は恥じらっていたけれど、それも誤魔化すようにかぶりを振ると勢いよく体を起こした。
「だってねモガミさん、鈴が鳴るのはどうにもできないでしょう? 腹も鈴も、鳴ってしまうものは鳴ってしまうのよ。どうしようもないの、きっと。」
「まあ。ククリさんったらお上手なんだから。さあ、頭を少し下げてちょうだいな。」
「那巳陀草? いい香り。」
「ククリさんにはこの花が一等似合うもの。」
ふたりは額が近付くほどに顔を寄せてクスクスと笑った。
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