文字役者

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文字役者

「か、金か? それとも女か? 何なら両方ともやろう、だから命だけは……」  必死に命乞いをする男に、俺は三発の銃弾を()()した。 ◆  ふう、これで終わりかよ。  随分と呆気ない終わり方だったな。  何より最終行での誤字(()())は流石に減点だな。  そう思いながら俺は、今自分が立っている場所を見る。  どこまでも続く真っ白な大地。  ちょっと前までは、黒い文字が敷き詰められていた場所だ。 「お先にー」  そう言って先程俺に撃たれた男が、手を振りながら消えていった。  俺の職業は文字役者。  聞きなれない?  そりゃそうだ、知らなくて当然だ。  文字役者、それは物語の登場人物に入り、命を与える仕事だ。  よく、キャラクターが勝手に動き始めるって聞くだろ?  ありゃ実際の話、マジだ。  作者が展開に行き詰まったり、ヤバい方向に進みそうな時、こっそり手伝ってやったりもしているのさ。  俺は専ら小説をメインに活動している。  しかし、まあ最近は仕事が増えて大変だ。  ここ一週間で二~三十本の作品に出演した。  脇役もあれば、主役の時もある。  男だったり、女だったり、子供、老人、動物、妖怪。  もうなんでもござれだ。  今日だけでも冒頭の作品を入れて五作品に出演している。  短編が多いとは言え、なかなかのハードスケジュールだ。  確か最初は悪魔役だったな。  結構楽しんで演技出来たのを覚えている。 ◆    少年はたまらず両耳を塞いだ。  だが悪魔の声は小さくなるどころか、更にボリュームを上げる。  魂に直接語りかけているのだ。 「カーカッカッカッ。あいつが憎いのだろう? 金貨三枚で取引だ。その代わりあいつの魂は頂くがな」  真綿に水が染み込む様に、悪魔の声が少年の心に染み込んでいく。  少年は必死に首を横に振り、大声を出す。 「うるさいっ。どっか行けよ!」 ◆  結局何だかんだで、契約はしなかったんだよな。  悪魔は自分自身が生み出した幻影。  一つ壁を乗り越えた事で、少年はまた大人へと近づくのでした。  設定がありきたりな分、安定した演技が出来た。  作者も書きやすかったんじゃないかな。   で、その前は親友の恋愛相談に乗る女学生。 ◆  真奈美は私の両手をはしっと掴み、その眼をきらきらと輝かせている。  うわぁ。  何となくだけど、いや~な予感がする。   「じゃあ! 裏山の一本杉の下で告白するのはどう? 金曜日の午後八時きっかりに、好きな相手に想いを伝えるとその恋は成就するんだって!!」   息継ぎも無しに、一気に真奈美が捲し立てる。  しまった……。  私は真奈美が大の都市伝説好きなのを忘れてた。 ◆     真奈美(俺)の提案に乗り、主人公は好きな相手を呼び出す。    勇気を出して告白する主人公。  男は照れ臭そうに、でも嬉しそうに頷く。  だが二人を予想だにしない出来事が襲う。  先周りしていた真奈美(俺)が、二人をナイフで殺害するのだ。 「八時を一分過ぎてるじゃない……都市伝説を破っちゃ駄目じゃないの……」  この展開には、演じている俺自身ビックリしてしまった。    作者が強引に話を方向転換させたのかと思ったのだが、良く見たらタグにちゃんとホラーって付けてあった。  いかんいかん、これからは事前に確認しないとな。  でも、俺達文字役者でも想像しない様な展開に出会ったりすると、それはそれで嬉しかったりもする。  そして次は、とある能力者による犠牲者B。  これはすぐに出番は無くなった。 ◆ 「お、おい。お前の身体__」 「お、お前こそ……」  二人とも互いの姿を見て慌てふためいている。  ふふん、良い気味だ。  いつも僕を馬鹿にしやがって。  完全にその身体が金に変わるまでは、まだ少し時間がかかる。  とりあえず命乞いでもさせようかな。 ◆  めっちゃ命乞いした。  でも駄目だった。  で、次はファンタジーのヒロインだ……多分。  何て言うか良くわかんねえ……こういうの困るんだよな。 ◆ 「ここは……?」 突如現れたのは金髪の長い髪がさらさらと風になびいて目がぱっちりとした年齢は十五歳くらいである。 すらりとした体型で背は俺よりも少し高い女の子。そしてとびきりの笑顔で私に話しかけてきた。 「押忍!!我輩は三度の飯より白米が好きでごわす!!」 ◆  もめたな。  現場が常にざわざわしていたな。  一万文字くらいの短編だったが、登場人物が二十人位いて、まさにカオス。  視点はころころ変わるし、キャラも被りまくりで良くわからなかったな。    みんなで力を合わせて、何とか軌道修正を試みたのだが、無理だった。  今でも悩む。  あの台詞、俺の台詞で良かったんだよな。  と、今日の出演作品を振り返っていた俺の身体がだんだん透け始める。  やれやれ。  次の作品に呼ばれた様だ。  まったく一息つく暇も無いな。  しかし何だってこんなに忙しいんだ……。  えーと、次の作品はどんな内容だ?  俺はタイトル、あらすじ、そして幾つも付けられたタグに目を通す。  なんだ、やけにタグが多いな。  てか、どんな話なのかさっぱりわからん。  が、逆に興味をそそられる。  ホラー、ハッピーエンド、相撲、ミステリー、異能力者、剣と魔法、近未来、妄想コン……    と、そこで漸く俺は、最近忙しい理由に気が付いた。  あー、なるほど。  また()()が始まったのか。
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