無機物の花嫁~語り手知らず

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 ――むかしむかし、あるところに心のない皇子様がおりました。皇子様は誰かを愛するということを知らなかったのです。  ある日、皇子様は隣の国のお姫様と結婚することになりました。皇子様のお城にやってきたお姫様は、とても美しくそして優しいお姫様でした。  皇子様はそんなお姫様に心を奪われました。皇子様はお姫様に花を贈ったり、一緒に出かけたりしました。お姫様もそんな皇子様に心惹かれていきました。  けれどもお姫様には秘密がありました。それはお姫様が人形のお姫様ということでした。お姫様は皇子様のことを好きだったので、ずっとそのことを隠していたのです。  でもずっと隠してはいられませんでした。ある日とうとう皇子様に秘密を知られてしまったのです。けれども皇子様は言いました。 「あなたが人形でもかまいません。僕はあなたを愛しています」  お姫様はとても喜びました。皇子様もお姫様と一緒にいたいと思っていたのです。  しかし周りの人は反対しました。人形のお姫様なんてとんでもない、ちゃんとした人間のお姫様と結婚するべきだと言って。  そしてとうとう周りの人はお姫様を隣の国へ帰してしまいました。皇子様は慌てて追いかけましたが、お姫様に追いつくことはできませんでした。  お姫様も皇子様も悲しくて悲しくて、泣きました。  やがて時は流れて、皇子様は皇帝になり、そしておじいさんになりました。おじいさんになった皇子様はある日、旅に出ると言いました。そして皇子様は旅に出ました。  野を越え山を越え、人に道を尋ねながら、そうして皇子様はついにきれいなお花畑にたどり着きました。  そのお花畑からは竪琴の音が聞こえてきました。竪琴を奏でていたのは、昔と同じに美しいままの人形のお姫様でした。  人形のお姫様は、おじいさんになった皇子様を見て驚きました。でも会いに来てくれた嬉しさで、にっこりと笑ってくれました。皇子様も嬉しくて嬉しくて、にっこりと笑いました。  そして皇子様はお姫様の隣に座って、その優しい竪琴の音を聞きながらいろんなお話をしました。お話することがなくなると、今度は竪琴にあわせて歌を歌いました。お姫様も皇子様のお話や歌を聞きながら、竪琴を弾き続けました。  朝が千回来て、夜が千回来ても、お姫様はずっと皇子様のために竪琴を奏でてくれました。お姫様の隣に座った皇子様がお話をしなくなっても、歌を歌わなくなっても、目を開けなくなっても、やがて皇子様の心臓の音が聞こえなくなっても。  ――お姫様の指が錆び付いて動かなくなるその日まで、ずっとずっといつまでもお花畑から竪琴の音は聞こえていたのでした。
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