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序 冬の嵐
その日の晩餐は珍しく重臣たちを呼んでのことだった。それ自体はそう珍しいことではないが、しかし皇帝がこういった晩餐会を開くことに理由がないわけがない。和やかな会話で場が華やぎつつも、空気はどこかぴんと張り詰めた緊張感が漂っていた。
グレイが手にしていたゴブレットを口につけた瞬間、それまで上座で黙々と食事をしていた――正確に言えば酒だけをあおっていた――皇帝が口を開いた。
「皇子の婚姻を取り決めた」
その言葉に晩餐の場がざわりと揺れた。皇子――それは現状唯一の皇帝の息子であるグレイを指す。その婚姻となれば、国の重大事だ。
現状、皇位継承権は、第一にグレイ、第二に皇帝の異母弟のアルトにある。だが、グレイが婚姻し、子供が生まれれば、自動的にその子供が第二順位に繰り上がる。つまり、アルトが帝位を継ぐ可能性は事実上皆無に等しくなるわけだ。皆の注目が集まるのも当然のことだった。
もっとも当の本人であるグレイは眉ひとつ動かさなかった。政略結婚など、皇族では当たり前のことで、いつか来るときが今来ただけのことだ。
「それでお相手は? 陛下」
重臣のひとりの問いに、皇帝は野卑な笑みを浮かべた。
「シャフィーク王国の姫君だ」
皇帝の答えに再び晩餐の場がざわめく。
隣国のシャフィーク王国とはつい先日、軍事協定を結んだ。そのタイミングでグレイの婚姻話が持ち上がるということは、その協定の中にグレイと王国の姫君との婚姻が入っていたに違いない。だが当の本人にそれを知らせず協定を結ぶとは――さすがにグレイは眉をひそめた。
「父上、なぜ教えてくださらなかったのですか」
グレイの冷たく感情のない声に、皇帝は身を揺すって笑った。おかしくてたまらないといったように。
「心配するな。その姫は絶世の美女だと聞く。凍てついた美貌の、『人形』と呼ばれるお前とさぞ似合いの夫婦になるだろうよ」
答えになっていない皇帝の言葉に、重臣が「さようですか。それは楽しみなことで」などと下手な世辞を打つ。皇帝は酔って濁った瞳で、にやにやとグレイを見つめている。『人形』と揶揄されたグレイは、しかしちらともその表情を動かさなかった。皇帝のこうした気まぐれも、嫌がらせも、今に始まったことではない。
それにおそらく、父は協定の最後に署名をしただけだろう。内容はほとんど見ていないに違いない。グレイは斜め向かいに座っている外交大臣のエイワーズにすばやく視線を走らせた。おそらく実質的に軍事協定を取りまとめた功労者は彼だ。もっともエイワーズは自らそれを言うでもなく、黙ってテーブル上のやり取りを見つめている。
臣下が勝手に盛り込んだ息子の婚姻に口を挟まず、とっとと署名をし、本人には事後承諾。よほど父を嫌った母に似ている自分が、憎くて仕方ないらしい。グレイは冷笑を浮かべた。
「そういうことであれば、その姫とじかに会える日が楽しみですね」
「春にはやって来ようよ。後で肖像画を届けさせる」
晩餐の場がざわざわと揺れる。皆、戸惑いや後継が事実上決まったことの安堵や、それぞれの表情を浮かべる中、叔父のアルトだけが唇を引き結んでいた。もうまもなく生まれる我が子に、帝位を継がせるという野望が遠ざかったからだ。
それでいえば、多少の疑問がないわけではなかったが、決定事項は覆らない。グレイは窓の外を見やった。
黄金の光が降り注ぐ晩餐の場とは対照的に、窓の外は吹雪で荒れ狂っている。
――春の訪れはまだ遠い。
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