第十六節

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第十六節

 御前会議は、暗殺者の処遇をどうすべきかで紛糾した。死刑にすべきだという意見と、背後関係を暴くまでは待つべきだという意見で割れたのである。それというのも、事件の真相は暗殺者本人の言葉でしか知りえないからである。 「あのような事件は前代未聞ですぞ! 負傷者は多数、即刻死刑にすべきでは!」 「ですが、暗殺者の背後関係が取れておりませぬ。狙いもわからぬまま、極刑にするわけには」 「だが姫君も傷を負われたというではないか! これは極刑にすべきでしょう! シャフィーク王国にも示しがつかないではありませんか!」  リドヴィナを理由に死刑にすべきだという理屈に、グレイは眉を跳ね上げた。言っていることは正論だが、ここで暗殺者を極刑に下せば真実は闇の中。エイワーズの責任を追及できなくなる。しかも今回はグレイを狙ったわけではない。いくら父とてもはや見逃しはできまい。  紛糾している会議の中、沈黙を貫いているのはグレイとエイワーズ、そして父である皇帝だけだった。ちっともまとまらない意見に、議長が黙ったままのグレイに「皇太子殿下のお考えは?」と発言を促してきた。喧々諤々としていた大臣たちの視線がいっせいにグレイに向けられる。グレイは淡々と自分の意見を答えた。 「私は背後関係を暴く方がよいかと存じますが」  グレイの意見に、会議の場はしんと静まり返った。グレイとリドヴィナがまだ婚約段階であるにも関わらず仲睦まじいことは、大臣たちの耳にも入っていた。だからてっきりリドヴィナを慮って、グレイが極刑を進言するものだと思っていたらしい。 「エイワーズ殿はどうお考えで?」と今度はエイワーズに意見を求める議長。エイワーズもまた眉ひとつ動かさず、淡々と答えた。 「極刑でしょう。これ以上の尋問はもはや無意味。それに王国側からも犯人に極刑をとせっつかれておりますのでな」  グレイは素早くエイワーズに目を走らせた。エイワーズはグレイの視線にちらとも態度を揺らがせない。自分の手を汚さずして、公的に暗殺者を葬り、背後関係を暴けないようにする――その政治的手腕は悔しいが確かに見事としか言いようがなかった。 「……陛下いかがいたしますか?」  ふたりの意見が割れたことで議論の収拾がつかなくなり、議長が困ったように皇帝を仰ぎ見た。けれども玉座の父は相も変わらず、退屈そうに目の前の会議を眺めているだけだった。父にとって自分が狙われたわけではないから――いや、仮に狙われたとしても、変わらない気がした。  結局、無記名の投票による多数決で処遇を決めることとなった。どちらの意見も正論であることには変わりがないからだ。  小さな紙片が配られる。そこに死刑に賛成か反対か記したのち、二つ折りにして中が見えないようにする。そうして箱を持った議長がそれを回収し開票する。グレイはもちろん、反対の意見をさらさらと記した。  投票が終わり、議長が開票を始める。箱から無造作に取り出した一枚の紙片を開くと、彼は重々しく読み上げた。 「一票目――反対」「二票目――賛成」  書記の手元の紙が賛成と反対で埋まっていく。グレイは半ば祈るような気持ちで、議長の声を聞いていた。 ◇◇◇  部屋の扉が開けられ、ぞろぞろと大臣たちが出ていく。皆、長い会議が終わったことへの開放感に顔が明るかった。それに続いてグレイも部屋を出ようとした瞬間、突然声をかけられた。 「……残念でしたな」  振り向けば、そこにいたのはエイワーズだった。  ――結果はわずか一票差で、賛成派が上回った。  だが厳正なる投票でそうなった以上、否やは言えない。グレイは確かに負けを認めるしかなかった。これで、この男を追い落とすことは叶わなくなったのだ。  けれどもエイワーズの表情は勝ち誇ったものでもなかったし、グレイを嘲るようなものでも、無論慰めるようなものでもなかった。不思議なことに、彼もまたどこか負けたような表情をしていた。理由はわからない。 「……今回は外交の関係もありましたし、被害者も多かった。やむを得ないでしょう。では急ぎますので、失礼」  だがグレイは当たり障りない返答をし、その場を去った。エイワーズが何を考えているかは知らないが、それを考える必要はない。今、グレイが考えなければならないのは、暗殺者の死刑方法でもエイワーズの心中でもない。リドヴィナをここへつなぎとめる方法である。  宮廷魔術師たちの集う研究区画に足を差し向けたとき、エバンがグレイに向かって歩いてくるのが見えた。何かあったのだろうかと首を傾げていると、「お話がございますので、研究室へ」と促された。それに一も二もなく頷き、エバンの研究室に入る。  そこにいたのは、アーリンとダレルだった。ふたりはひどく暗い面持ちをしていた。それでなんとなくいい話ではないとグレイは察したが、それでもエバンが呼ぶということは聞かなければならない話なのだろう。  人払いの魔術をかけた研究室の中、椅子に座る。目の前の広い研究机には、古びた一冊の本が置かれていた。 「……これは?」 「人形の体を人の体に作り替える魔術が記載されております」  エバンの言葉に、グレイはゆっくりと瞳を瞬かせた。一筋の希望が見えた気がした。  けれどもアーリンとダレルの表情が晴れることはなかった。「その方法は?」と促すと、アーリンは引き結んでいた唇をゆっくりとほどく。しかし声は出ない。口がわずかにあえぐように動いたのみだ。  見かねたのか、無表情のままエバンが代わりに答えた。その答えを聞いた瞬間、グレイは頭を鈍器で殴られた気さえした。  人形の体を人の体に作り替える方法、それは。 「生きた人の心臓を、魔術で人形に埋め込むというものです」  先ほどまで見えていた希望は、粉々に打ち砕かれた。
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