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「おい、言ってくれるじゃないか。」
ははは、と笑ったその先に髪をひとつに括った、彫りの深い男がいた。
「……っあの……?」
声がひっくり返った。
「ああ、ウチの次男でね。今はまだ現場で修行中の身なんだが、近いうちにね。それで折角だから朝井くんに挨拶したかったんだ。」
「あ、でしたらすぐそこにいますので……」
「ならそっちに行こう。」
そうして夏目に付いて足を向けた。
ヒジカタ氏はそれに続く様子もなく、視線だけで2人を見送った。
なんだこれ。聞いてない。
まさか雨宮社長のご子息なんて。
「……雨宮社長の息子さんとは存じませんで……。」
「ただの土方だと思った?」
「!」
身長に見合った以上の長いコンパスが、あっさりとパーソナルスペースを超えて目の前に立つと、黒い瞳が真っ直ぐに僕を射抜いた。
土方=土方のカラクリに気付いた彼の、いたずらっぽい瞳。
「……昨日は、失礼しました。」
その近さに思わず一歩後退る。
そういえば、支払いはどうしただろうか?
払った記憶がまるでない。
「それは飲みすぎたこと?俺に口説き落とされなかった事?」
「……いつから僕の事を知ってたんですか?」
「さっきだな。」
嘘だ。
「凛々しくて惚れ直してたとこだ。」
「それも嘘だ。」
しまった、思わず声になった。
反射的に拳を口許に押し付けた。
「嘘だと思うか?」
しれっと言い放つのが癪に障る。
からかわれている事くらい分かる。そこまで馬鹿でも鈍感でもない。
「そもそも僕はそういう興味はないです。」
「ますます燃えるね。」
「……あなたと、どうこうなるつもりはありません。」
「頑なな所もいい。」
……ダメだ。話がまるで通じない。
河合くん、と遠くから菅SVの声に呼ばれた。
タイムリミットだ。
「言ってて下さい。」
じゃあ、と踵を返した途端掴んだ手は、やっぱりガタイに見合った大きさだった。
そして、全てを制覇するような自信に満ちた声で
「ハスネ、また明日。」
……ああ、やっぱりこのペースだ。
明日、どうなる事やらわからないが、もうなるようになれーー!
【END】
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