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「ごめん、今席が無くて」
「うん、いいよ。仕事は終わってるから待つよ」
昼食の忙しい時間は過ぎているのに、いつも以上に店内は客で一杯だった。それに客層が少し変わった、というか以前は三割程度だった女性客が、半分以上の割合になっている。今日のメニューボードを見たら、限定メニューもとっくに完売しているようだった。
「マリィって本当に綺麗……何時間でも見ていたいわ」
「もう、あんたそんなこと言って! 二時間近く居るわよ! 出ましょう、迷惑だわ……」
ふと、そんな会話が近くのテーブルから聞こえてきた。女性客の目的は、どうやらマリィらしい。女性客の大半がもう食べ終わっているのになかなか店から出ないようで、回転が悪くなっているように思える。ロランドさんが厨房の奥で溜息を吐いているのが見えた。
目の前の茶髪の女の人は、ぽうっとした顔で、マリィの姿を目で追っていた。もう完全に恋する乙女の表情だった。マリィは、本当にモテるなあ、と思う。
「彼女居ないらしいのよ。告白しようかしら」
その言葉にドキッとする。でも、好きなら当然そういう流れになるよなあ、と思う。可愛い人だし、もしかしたらマリィもOKするかもしれない。
「もういいから出るわよ!」
もう一人の眼鏡の黒髪の女性が憤慨しながら、彼女を引っ張って会計に向かっていく。ロランドさんが会計をしている。店を出て行く茶髪の女性が俺の方に向かって手を振っている。ふと見ると隣にマリィが笑顔で立っていて、女性は悲鳴にも近い声を上げながら去っていった。マリィは誰にでもその笑顔を振りまくんだなあ、と思って、思ったら少し、胸がちくと針で刺したように痛んだ。
「エメ、こっち」
「あ、うん」
空いた二人掛けの席に座る。食べ終わった皿は殆ど片付けられていたので、マリィはコップだけを厨房に持って行ってから、布巾でテーブルを拭く。
「普通のセットしか残ってないよ」
「いいよ。肉の方にする」
「うん、分かった」
そう言って厨房に入っていく。その後ろ姿を目で追っていると、周りの女の人も同じような動きをしていたから、何だか変な気がして膝の上に置いた手に視線を落とす。
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