魚屋と港町のレストラン

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「よし、決まったら仕事だ」  そう言ってマリィの肩を叩いて、レジに向かうお客さんの背に視線を送る。マリィは焦る様子もなく席を立つと、すたすたとマイペースにレジに歩いていく。 「じゃあ、ゆっくりしていってくれよ」  ロランドさんは俺の食べ終えたサラダのボウルを手に持って、ついでに空席の皿を片付けて厨房に戻っていった。  今なら会計でマリィと話せると思ったのか、その後次々に女性達が席を立って、普通に食事を楽しんでいる客だけが数人残った。   忙しそうに――全くの無表情だから、本人の顔に疲れが出ていることは無いが――会計をするマリィの姿をぼうっと眺める。女の人に順番に何か話し掛けられて、はにかむように笑うマリィの姿が目に映る。甘酸っぱい味が口の中に広がる。きっと、クランベリージュースを飲み干したせいだ。胸が苦しいのもパンをあまり噛まずに飲み込んだからだ。きっと、そうだ。  まるで、何度も思い込ませるように頭の中で言い訳を考えた。そう、多分それは、言い訳だったんだ。  昼食を取ってすぐに店を出た。厨房にいる彼に軽く手を振って。そうしたら、俺にもあの綺麗な笑顔を向けて、手を振ってくれた。  意識するのが変なんだと分かっていても、あの笑顔を見ると反応してしまう自分が居る。けれど、今日は、何故か胸がちくりと痛んで、坂を上る足が重かった。  家に帰って母さんに話したら、即快諾されたが、ロランドさんに御礼しなさいねと言われた。物で返すと断られそうだから、今度お店の手伝いを申し出ることにする。明日の注文書を見ながら買い付ける魚をまとめて、夕飯を食べて明日に備えて早めの就寝。まだ、マリィは店の片付け作業などに追われているんだろう。  明日泊まりに行ったら何をしよう、何を話そう、とぼんやり考えていたら、あまり寝付けなかった。
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