その夜

2/9
前へ
/36ページ
次へ
「……どうした?」  何か言おうと口を開いたけど、そのまま閉じて「何でもない」と言うようにふるふると頭を振った。 「言いたい事あるなら、言ってくれよ。今日の夜でも良いけど、今言おうと思ったのなら、さ」  だけど、マリィは俯いたまま頭を振って、掴んでいたシャツの裾を脱力するようにそっと離した。 「マリィって子供みたいだなあ」  いやいやする子供みたいな仕草に、俺は苦笑しながら、軽く背伸びをしてその頭をぽんぽんと軽く撫でた。 「仕事頑張れ。そしたら、夜いっぱい話しよう。な?」  顔を上げたマリィが目を細めてにこっと笑ったので、なんとなくこっちも嬉しくなって、笑顔を返した。 「ワイン、一本空けていいって、伯父さんが」 「ロランドさん気が利くなあ! じゃ念のために、歩いてこなきゃな」  さっき言おうとしてたのはこのことを伝えようとしたのかな、と思ったけど、それなら言い淀む必要はない。何か違うことだったと思うけど、本人が言いたがらないのに、無理に追及するのもどうかと思うのでやめた。 「もう行かないと。母さんが店で待ってるから」 「……うん」  無表情だし普通に立っているだけなのに、何故か捨てられた犬みたいな感じに見えるのが不思議だ。俺が何だか気まずさを感じているからか、まだ話していたいと思う気持ちがあるからなのか、俺の感情が少なくとも反映されているのかなと思う。 「エメにご飯作って待ってる」 「うん、ありがとう! 楽しみにしてる!」  「じゃあ」と今度こそ手を振って店の脇の坂を上る。振り返ると、マリィが笑って手を小さく振っていた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加