その夜

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「終わったー!」  すべての食器を洗って乾燥機に掛け終わり、達成感から声を上げていた。そのタイミングで洗った布巾やナプキンを外に干しに行っていたマリィが裏口から戻った。 「じゃあ、お前ら店汚さねえように好きに遊べ。あとこれだ」  甘口ワインのヴァン・ドゥ・ナチュレルを俺に差し出す。 「特別に一本くれてやる。じゃあ、明日な」 「うん、ロランドさんありがとう」  俺はワインを受け取って店を出て行く後ろ姿に手を振った。ふと見るとマリィが残してあったフライパンにオリーブオイルを入れて火を掛けていた。 「晩御飯の準備? 悪いな。何か手伝おうか?」  冷蔵庫から下準備をしてある白身魚の切り身を二枚取り出し、フライパンで焼き始める。朝俺が売ったスズキだ、と気付いてマリィの顔を見つめる。昨日限定メニューを食べられなかったから、取っておいてくれたのかな。 「マリィありがとう。あっちに行っとくな」  俺はワインとグラスを二個持って店の方に行く。美味しそうな匂いが部屋中に広がって、昼から何も食べていなかったせいか腹の虫がぐうと鳴いた。 「できた」  しばらくして両手に料理を持ってマリィがやってきて、テーブルに並べる。スズキのポワレとパンだ。 「また美味そうだな」  向かいの席に着くと俺に真顔で「ボナペティ」と呟いた。俺は簡単に祈りを捧げてからナイフとフォークを手に取り、スズキのポワレを一口サイズに切って口に放り込む。 「美味い! お前、ほんとに才能あるなあ」  俺の言葉を聞いて、マリィは目を細め口から白い歯を少し覗かせてにかっと笑う。表情と言ったら笑顔くらいしかないのだから、いい加減慣れなきゃなあと思うけれど、どうしても顔が熱くなる。  ぽん、と音がする。マリィがワインを開けてグラスに注ぐ。そうか、乾杯せずに食べてた。俺はグラスを掲げるマリィに慌ててグラスを手に取って、チンと軽く当てる。 「今日の素晴らしい会食に乾杯!」 「……乾杯」  グラスに注がれたワインを一気に飲み干す。母親があまり酒に強くないため家で飲むことがあまりなかったせいか、久しぶりに酒を飲んだ。やっぱり誰かと飲む酒は美味しいと思う。
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