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「十五年前父さんが死んで母さんとこの町に来た時、伯父さんに連れられて波止場で初めて魚釣りをした」
――思い出した。あの、夏の夕暮れ。俺が初めて恋をした、あの日のことを。
「なかなか釣れなくて、伯父さんはトイレに場所を離れていた。そのタイミングで魚が掛かって僕はどうしたら良いか分からなかった」
下手糞な子が居るなと思った。見たことのない金髪の女の子――その時は女の子の格好をしていたから、女の子だと思っていた――が、リールを上手く巻けないでいて、俺は後ろから手を回して彼女の手に手を重ねて、一気に巻き上げた。
「その時手伝ってくれたのがエメだ。君を見た瞬間にはもう、好きだった」
釣り上げた魚を針から外して渡す時、嬉しそうに笑う彼女は、夕日に照らされて金髪がきらきらと輝いて、まるで羽根を失った天使だと思ったくらい綺麗だった。
「その時、擦れ違いで帰ってきた伯父さんに聞いたんだ。彼は誰かって。そして、その時伯父さんの店でいつか働かせてくれって言ったんだ。君に、また会いたかったから」
――十五年。とても長い時間彼は、ここに来る日を夢見て、日々の辛い出来事にも耐えてきたのかもしれない。たった一度、一瞬、会っただけの俺に、もう一度会うために。
「……おかえり」
俺はそう言って微笑み掛けた。マリィは目を細めて唇を薄く開いて笑った。金髪が朝日に照らされてきらきらと輝いていた。
「ただいま」
俺達はどちらともなく唇を重ねた。凄く長い間だったようにも一瞬のようにも思えた。
唇を離し、俺達はそれぞれの家へ戻った。俺は家に着いていた母さんに泣き腫らした目を見て喧嘩したのかって心配されたけど、「うれし涙だ」って言っておいた。マリィもきっとロランドさんに心配されている頃だろう、と思いながら、俺は配達と店の手伝いに没頭した。ずきずきと痛む下半身が、夜の事を思い起こさせるので、必死に考えないようにするためだった。
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