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「……今日店で出すスープか」
「うん」
オーブンから焼いたフランスパンを取り出し、パン切包丁で綺麗に斜めにカットし、小さなバスケットに入れる。
「そこ椅子あるから、座って」
テーブルの下に背凭れの無いスツールチェアが二脚あった。俺はそれを手前に引き出して、座る。テーブルの上に質素だが美味しそうな朝食が並べられる。
「ボナペティ」
マリィの言葉に、俺は短くに神に祈りを捧げてスープ・ド・ポワソンに手を付けた。魚介の深い味わいがする。すごく、美味しい。パンを浸して食べてみても、とても合う。久しぶりに食べたけど、やっぱり好きだなあと思う。家庭の味とは違って、少し丁寧な味付けがされているけれど。
「美味しい?」
黙々と食べていると、じっと俺の顔を見ているばかりで、食事に手を付けていなかったマリィが訊ねてくる。
「……美味しいよ」
ぼそりと呟くと、マリィは嬉しそうに笑って食べ始める。心配だったのだろうか。
それにしても基本的に表情に乏しい奴だと思うけど、笑顔だけは良く見せる。何を考えているのか分からないのは、そのせいでもあって、それが怖くもあり、人が魅かれる理由なのかもしれない。マリィがこの店に来てから、女性客が増えたと店主のロランドさんが言っていた。厨房に居るからほとんど姿は見られないと思うのだけど。
マリィの食事作法はとても良くできていて、厳しく躾を受けたのだと分かる。スープを啜る音もしないし、ほとんど食器をカチカチ鳴らしたりしない。俺の方は躾を受けたのかもしれないけれど、結局朝の仕事が早いせいもあって段々早食いになり、汚い食べ方になってしまっている。
――そうだ、朝の仕事。市場での買い付けはもう終わっているだろうけど、配達をしないと。
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