暴かれた夜

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「もう行く」  食べ終わった俺は席を立った。マリィとこれ以上一緒にいるのも何だか変だし、怒りが完全に収まったわけじゃない。あんな屈辱を味わわされて、今まで通りになるなんて有り得ない。マリィが今までと変わらない態度でけろっとしているのが、余計気に食わなかった。 「エメ」  勝手口のドアノブに手を掛けた時、後ろからマリィに呼び掛けられる。振り返ると、立ち上がってこちらを見ていた。 「……またね」  ただそれだけ言って、マリィは微笑んだ。いつもの笑顔のはずなのに、妙に胸が締めつけられて、俺は居た堪れなくなってドアを開け放ち駆け出した。下半身の鈍痛なんてどうでもいいくらい、早くこの場から離れたかった。  家に帰って、魚市場から帰ってきているはずの母さんの手伝いをしないと。そしていつも通り、配達して昼前には帰ってきて、飯を食って、店を手伝って、風呂に入って生臭い匂いを消してから、晩飯食って、寝るんだ。明日も明後日も、変わらない毎日がずっと、ずっと続く。  家に帰る道の途中で、立ち止まった。気付いたら涙が零れていた。慌てて服の袖でごしごしと拭う。  あいつがこの小さな港町に来てから、毎日が楽しかったのに……どうして、こんなことになったんだろう。  俺はとぼとぼと歩き始め、マリィがこの町に来た日のことを思い出していた。
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