魚屋と港町のレストラン

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魚屋と港町のレストラン

「母さん、配達行ってくる!」  白いワゴン車の後部座席に、今日漁港で仕入れてきた新鮮な魚を発泡スチロールのケースに詰めて載せて、店先で商品を並べていた母さんに声を掛ける。 「気をつけてね!」  母さんは捲り上げた袖から日に焼けた肌を覗かせながら、笑顔で手を振った。俺はそれに応えるように手を挙げて車に乗り込んだ。  俺の住む町は観光客もあまり訪れない、地中海に面したスペイン国境に近いところに位置する、フランスの小さな港町だ。日差しも強く、住んでいる人は皆日に焼けて小麦色の肌をしている。色白の人が歩いていたら、すぐに観光客だと分かるぐらいだ。  主に漁業で成り立っているこの町で、俺の家は魚屋をやっていた。元々漁師だった父の魚を新鮮なまま売りたいという母さんの熱意で始めたものだったが、父が海の事故で亡くなってからは、漁港に買い付けに行って市場の一角で売ったり、俺が十八歳になって車の免許を取得してからは、レストランや宿に卸したりする店になった。  馴染みの店に注文されたものと、今日入った良い魚を見せながら売っていく。ただ一番良い魚は、ずっと贔屓にしてくれているロランドさんの店に取っておく。  車を店の裏に止めて、坂の途中にある店のために少し坂を駆け下りて店の出入り口に向かう。
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