83人が本棚に入れています
本棚に追加
「ロランドさん、魚持ってきたよ!」
開いていたドアから奥の厨房に少しがたいのいい後ろ姿が見える。
「ああ、今ちょっと手が離せねえんだ! マリィ! ちょっと相手してくれ!」
そう言った瞬間、突然二ケース分を抱えて鼻の頭まで隠れている俺の狭い視界の端から、ぬっと長身の男が現れる。背が高く体つきから男だと思ったけれど、顔は中性的で睫毛が長く目鼻立ちもはっきりしていて女のようだった。惹き込まれるような蒼い瞳と癖っ毛なのかウェーブが掛かった金髪、そしてこの町では珍しい白い肌が印象的な人だった。
呆然と見ているばかりで固まっている俺の荷物を、彼は取り上げて近くのテーブルの上に置いた。
「それ、注文されてないのもあるから!」
慌てて一つのケースを奪い返す。と、なぜか「マリィ」と言うらしい男は何か問いかけるような視線をこちらに送ってくる。
「いいのが入ったのか、エメ。マリィ代わりに見てくれよ。あと少しで仕込みが終わる」
代わりに、って素人に分かるんだろうか。魚の良さなんて、ぶっちゃけて言うと魚屋の口が良ければ素人なんか簡単に騙せてしまうんだけどな。それに相手は男で、年齢は俺と同じくらい。忙しいとは言え、本当に任せて大丈夫なんだろうか。
そんな俺の心配をよそに、男はケースの蓋を取って中を見る。真剣なのかぼーっとしているのか、全く読めない表情だ。
「金目鯛……」
ぼそっとそう呟く。確かに中に入っていたのは金目鯛だ。大きいのが三匹、安く手に入ったから持ってきた。
「大ぶりの金目鯛だよ。ポワレでもブイヤベースでも良さそう」
突然素人と思っていた人間から料理名がぽんぽん出てきて驚いた。一人で切り盛りしている小さな店だけど、新しいシェフを雇ったのだろうか?
「そりゃあいい。お前作れるよな? 今日の昼の限定メニューにしよう」
最初のコメントを投稿しよう!