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前兆
吐く息がたちまち白く濁る中、俺は足早に家路を辿る。
呑気なものだ。
道端で正体を失くし、眠りこけるサラリーマンを一笑し、俺は昔の自分を思い出す。
少し前まで、俺もあっち側の人間だった。
あくせく働いて、週末はそんな自分を洗い流すように、浴びるように酒を飲んだ。
不摂生が祟り、危うく命を落としそうになった俺は仕事を変えた。
会社を辞めてしばらく、俺は何もする気になれずぶらぶらと過ごす。
失業保険を貰うためだけの、職探し。
どれもこれもピンと来ない。
ぎりぎりまで粘って、就いたのが今の仕事だった。
単純作業で、頭を使う必要もなく、ましてやノルマもない。時間から時間まで働けばいい。しいて言えば、眠気との戦いに一苦労だが。
不意に視界に黒いものが入り、俺はドキッとして足を止める。
それは一羽のカラスだった。
小刻みに跳ねるように前を進むカラスを、俺はしばし眺める。
どうしても歩き出す気にはなれなかった。
俺は携帯を取り出しかけ、上司の言葉が頭を過る。
その日も今日と同様、カラスが狙いを定めたように俺たちの前を阻んだ。
急に足を止めた上司を不思議に思い、俺は首を傾げる。
「すまん。どうもカラスが苦手で」
苦笑いをする俺に、上司はさらに言葉を続けた。
「この間、女房たちと買い物していたら、カラスに襲われて痛い目にあったんだ。その証拠がこれ。くちばしでやられた傷だよ」
手の甲にはくっきりとした傷跡が残っていた。
「どういうわけか、俺を目がけて来たような気がする。俺が思うに、眼鏡がいけなかったんじゃないかと思う」
「それで」
「ああ」
突然、コンタクトレンズに変えたのは、お洒落だとばかり思っていた。
体育会系で、相当自分に自信がある上司だった。うだつが上がらない俺に対し、厳しさは半端なかった。
カラスが不意に向きを変え、俺は慌てて目を反らす。
羽音が聞こえ、カラスがいなくなったことを確かめた俺は、肩を竦め歩き出す。
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