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バッチリ鷹野と目が合い、栞は卒倒しそうになる。
――な、何で。
しかも昨日と同じ人懐こい笑顔を見せると、あろうことか鷹野は、並んで歩いていた女性に、「ちょっとごめんね」と、断りを入れてから、栞の方に真っ直ぐに歩いてきた。
「おはよう、八森さん」
「お、おはようございます…」
栞もなんとか挨拶はかわしたが、内心ドキドキヒヤヒヤものだった。
鷹野は背中を向けているから気づかないかもしれないが、並んで歩いていた女性は、栞を見ている。全く敵意を隠さない目で。
あ、挨拶だけで結構ですからー。
という栞の心の声は、鷹野には全く届いていないようで、鷹野はスーツの胸ポケットから、小さな袋を取り出す。
「昨日、ありがとう。これ、昨日のワンコ代」
てっきり、財布から無造作に抜き取られ、裸で渡されると思ったお金は、手のひらサイズの可愛らしい小袋に入れられて、栞の手に渡された。
わざわざ用意しておいてくれたのか。その気遣いが嬉しい。営業さんて、やっぱり心配りが違う。
肩越しに見える女性からのガン付けなど、もう何も気にならないくらい、栞は感動していた。
「あ、ありがとうございます」
「何でありがとうよ? お礼言うの俺でしょ」
そんなことはない!
声を大にして、今の気持ちを伝えたいのには、口下手な栞には、うまく表現出来ない。
「妹、すごい喜んでた。一発で当てたの?って言われたから、同僚に貰った…って、ネタバラシしちゃった」
「よ、喜んで頂けて、こちらも光栄です」
「じゃあ、八森さん、またね」
恐らく時間にしたら、ほんの30秒程度。
しかし、鷹野とのやりとりは、栞の心に、優しくあたたかな光を差し込んだ。
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