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夕方の涼やかな風を切り、売店までほぼ一直線の道を自転車でひた走る。夏にしては心地のいい風で、毎年茹だるような暑さになる山間の盆地には嬉しい風だ。 ─心地いい そう感じたとき、どこからか声が聞こえた気がして小春は自転車を漕ぐ足を止め、あたりを見渡した。 『…んじは…の………か』 何を言っているのかは分からないが、低く澄んだ声が耳に響く。確かにどこからか声が聞こえている。 『汝は……家の………か』 この声はどこから聞こえている?この声は─ 「…池?」 そう思い道の反対側にある公園を見やると、茂みにから僅かに見える白い看板が目に入った。看板には【池】という文字が刻まれており、ペンキで綺麗に塗装されているがところどころ錆が目立ち古い物だということが分かる。 「こんな所に看板があったんだ…ええと…」 【お不知池 〜おしらずいけ〜】 お不知池。この文字を見て曽祖母の言葉を思い出した。 『小春もあの池にはあまり近づくんじゃあないよ。』 "あの池"。曽祖母の言う"あの池"とはまさか。 「お不知池…?」 しかしまだ確証は持てない。なぜならこの町には池がある公園がふたつあるからだ。ドクン、と心臓が脈を打つ。そしてまたあの声が響く。 『汝は…百瀬家の者か』 鮮明に聞こえた声に足がすくんだ。鼓動が速くなる。しかし、本能的なものが何かを感じ取ったのか「逃げなくては」という思いが勝り、小春は売店には行かず大粒の汗を額に浮かべながら曽祖母の待つ家へと逃げ帰った。
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