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午後10時。
とうに日も暮れ月が顔を出して数時間が経つ頃にも関わらず、オフィスにパソコンのキー叩く音がこだまする。
カタカタカタカタ、ツターン!!
「終わったぁぁぁぁ…」
眼鏡をかけた茶髪の女性がうーん、と伸びをしながらチラリと壁に掛けられた時計を見る。仕事が終わり満足げな顔をしていた彼女だが、時計を見た瞬間それはもう悲壮な顔に変わっていった。どうやら彼女は仕事に集中するあまり、時計を見ていなかったようだ。
「私の花金…花金ってなんなの……時間を気にせず遊べるはずだったのに……課長のアホ…バカ…」
事の始まりは数時間前に遡る─
「よっしゃ仕事終わり!!花金っ!!」
山口琴子は今日はいつにも増して気合を入れて仕事をしていた。何故なら今日は花の金曜日。花金。今日は仕事が終わったあと、学生時代の友人と飲みに行く約束をしていたのだ。
定時に仕事を終え、帰り支度をしていると課長が慌てて声をかけてきた。
「山口くん!帰りがけにすまないが…君の後輩に来週会議で使用する書類の作成を一部頼んでいたんだが…あの子だけでは間に合わず……どうか、どうか!!見てやってくれないか!!」
「課長…それは残業をしろと……?」
琴子は課長をギロリと睨んだ。
さて、これは何回めだろうか。毎回毎回毎回毎回、定時になってからこの課長は仕事を押し付け自分はさっさと帰ってしまう。
少しでも手伝うならまだしも、ひとつも手伝わないためタチが悪い。
「課長…こういう話、何回めでしょうか…ねぇ?残業代が出るわけでもなく…ねぇ?そろそろ産業医にかからないといけない気がするのですが…ね、どうでしょうか?」
淡々と遠回しに断りを入れ、とどめにニコリと微笑んだ琴子に肝が小さい課長は
「あー、えと、それは…」
と口ごもる。
「私が育てた後輩なら教育係として責任を持って最後まで見ますが…違いますよね?あの子の教育係は…?」
「とにかく頼むっ!!優秀な君にしか頼めないんだ!!」
平身低頭、課長が一平社員である琴子に姿を下げる課長の珍しい姿にまわりの社員の視線が自然と集まる。気まずい雰囲気を払拭すべく話を聞くとどうやら課長の娘の誕生日、ということで渋々と課長の頼みをのんだ。
そして今に至る。
「花金…花金って何なのかな……花金なんて一部の人間だけに与えられたものよね……」
USBにデータを保存して厳重保管の引き出しに諸々の書類とUSBを片付け鍵をかけ、帰り支度をする。
そのとき琴子は思った。もうこんな毎日は嫌だ。
「転職しよう……」
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