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十年前①
血のように赤黒い夕焼けが僕の影を伸ばしていた。
夜が忍び寄っていることを感じた僕はサドルから腰を浮かし、強くペダルを踏む。
カラスが一つ二つと阿呆な声をあげる。
思わずそれを笑ってしまうと同時に、早く帰ろう、という思いが強くなる。
涼風がそっと吹いて、僕の首筋の汗を冷やした。
全速力に近いスピードで自転車を漕いでいると目の前の赤信号に気付かず、危うく車道に飛び出しかけた。
「おっと!」
恥ずかしくなり辺りを見回すが、幸い、誰からも目撃されていなかったようだ。
ふぅ、と息をつき、左足をアスファルトに置く。
信号が青へと変わって、またペダルをこぎ始める。
横断歩道を渡ってしばらく進むと、五、六人のサラリーマンたちが向こうから歩いてくるのが見えた。これから派手に呑みにでもいくのだろうか、彼らの疲れた顔の中にも、輝きが見えた。
そばの車道からクラクションとエンジンの音がまばらに聞こえてくる中、僕は自転車を一旦降りて、ぞろぞろと歩くそのサラリーマンたちとすれ違った。
「どこかの誰かさんにも、真面目に働いているであろう彼らを見習ってほしいものだ」と皮肉めいたことを考える。
辺りがさらに暗くなり、人口の明かりが、よりその輝きを増す。
僕の家の最寄り駅。その裏通りに入る。
人通りはそこまで多くないが、狭い道なので、自転車を押して歩く。
と、長身の男がこちらに歩いてくるのが見えた。
その人の正体に気が付いたと同時に、彼の方から僕へ声をかけてきた。
「一馬(かずま)か」
前方から歩いてきた伊達(だて)さんが、僕の名前を呼び、小さく手を上げた。
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