プロローグ

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 続いて、釧路鉱産労働組合執行委員長の赤池敏夫が、挨拶する。 「入坑前ですので、手短に済ませたいと思います。平岸社長も申しておりました通り、保安確保に注意し、安全な作業に徹してください。安岡時代の最深部、ぶ厚い炭層と豊富な炭量を擁した第八部内に、もう一度戻ることが出来たのなら、この日を迎えることは、十年単位で先送りできたでしょう。しかし、資金的も、人員的にも、国策的にもそれは叶わず、今日この日を迎えたわけです。言いたいことは山のようにありますが、聞きたくない人もおられるでしょうから、これで」  赤池の挨拶を聞いた役員は、顔を青くした。所管省庁の役人がいる前で、長きにわたる石炭政策という国策を批判したのだから……  赤池に面向かって、所属省庁の政策を批判された役人は、 「経済産業大臣、燃料資源庁長官に成り代わりましまして、本邦のエネルギー供給を長きに渡り支えて頂いた皆様に、深く御礼申し上げます。前身の安岡春鳥炭砿の閉山後起きた、海外炭の価格高騰の際には、皆様のご尽力がなければ、本邦の電力供給は困難だったでしょう。海外における現地技術指導やオソツナイ炭砿で研修を受けた技術者の活躍により、海外炭鉱での保安と生産の向上により、輸入炭の安定供給が成されております。本日で、営業出炭は終わりますが、密閉が終了するまでは、保安の確保に注意し、安全な作業に徹してください」  真正面から積年の所業を断罪された燃料資源庁の役人は、必死に炭鉱マンをヨイショするが、燃料資源庁の積年の所業を知る者には、全く響かなかった。入坑前の炭鉱マンの視線は、冷ややかと言うより、突き刺さるものだった。 険悪な状況で、最後に挨拶しなければならないのは、選挙対策でお国入りしている与党議員で、会社首脳部からも頼りにならないお飾り議員と陰口を叩かれるほどの無能だった。 「衆院議員の伊田です。オソツナイ炭砿が最後の営業出炭日を迎えると伺い、急ぎ参りました。前身の安岡春鳥炭砿の閉山、その後の海外炭の価格高騰と供給不安、関東電力原発事故による火力発電所の高稼働率に伴う増産要請等が発生した激動の十五年間でありましたが、死亡災害もなくこの日を迎えられたのは、皆様方の弛まぬ努力の賜物であります。閉山後の再就職対策、経済対策につきましては、関係省庁との折衝をしておりますので、ご安心ください。皆様方が、無事閉山の日を迎えられることを、祈念しております」  伊田は挨拶で急ぎ飛んできましたと言ってはいたが、その場だけのリップサービスだと見透かされているので、やる気のない拍手が起きるだけだった。しかし、本当に急ぎ飛んできたのか、秘書にせかされ、玄関に待たせている車の方に向かっていった。  繰込所では、会社首脳部、入坑者以外の労組執行部、燃料資源庁の役人が見守る中、入坑前の自己捜検を始めた。手早くアゴヒモ、防塵マスク、保護メガネ、腰に下げていなければならない一酸化炭素自己救命器を確認し、ポケットに禁制品が入っていないか確認する。皆、自己捜検を済めせ、指差呼称演練を行いますという班長の声を待っているのだが、一向に聞こえてこない。  指差呼称演練を行う班長が出てこず、周りを見渡していると、採炭の班長が出てきた。 「すまん、すまん、今日が順番なのをうっかり忘れてた」  指差呼称演練が始まるのを待っていた他の班長や係員に謝罪する。 「各自、自己捜検してください。アゴヒモ、マスク、保護メガネ確認!キャップランプ点灯。全員構えて!」
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