プロローグ

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気を入れ直して、いつも通りの決まり文句を採炭の班長が言うと、炭鉱マンは一斉に構えた。 「危険予知指差呼称を徹底して行い、今日も一日ゼロ災害良いか!」  最短の班長がそう言う、炭鉱マンたちが続けて唱和する。 「ヨシ」 「「ゼロ災害ヨシ!ゼロ災害ヨシ!ゼロ災害ヨシ!」」  採炭の班長と他の班長と係員が一緒に唱和し、安全灯室の捜検担当者の捜検を受けて、人車ホームに通じる階段を降りていくと、三番方の材料卸の手が人車を本線に止めて一番方が人車に乗るのを、今か今かと待っていた。  炭鉱マンたちは、指定席の人車に乗り込み、シャッターを降ろしていく。千五百メートルの斜坑を五分で下る時に人車に吹き込んでくる風はまだ冷たい。材料卸の手が乗車確認をし、発車信号を七百キロワット巻に送信すると、人車はゆっくりと動き出す。  人車の車内では、人車の走行音にかき消されないように声を出す者大きな声を出し、聞くものは耳をそばだてて、入坑前に聞いた挨拶について、あれこれ言っていた。  社長は予想通り、毒にも薬にもならない、人畜無害で当たり障りの無いことしか言わなかった、赤池は皆が言いたいことをほとんど代弁してくれた、まだまだ掘れる場所があるのに底を捨てて来て、このザマであると……  無能と会社首脳部にも陰口を叩かれていた伊田が、関東電力の事を言ったのは、意外だったなと、皆口々に言った。伊田の所属政党や燃料資源庁から言わせれば、触れられたくない話題なのだが、炭鉱マンをヨイショするのに必死で忘れていたのか、素で忘れていたのか、本人以外には分かりかねる。  経済産業大臣と燃料資源庁長官の代理の役人は、必死にヨイショしていたが、勤めている省庁が長年何をしていたのかと、自問自答しろと言いたくなる挨拶だった。   色々と話している間に、坑内の人車ホームに到着し、人車は停止する。シャクリが収まり停車の合図があり、シャッターを開けて、炭鉱マンは降り始めた。自分達の作業箇所に向かい、黙々と歩き出す。
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