石炭政策(ヤマ元執行部)

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石炭政策(ヤマ元執行部)

 日本石炭鉱業労働組合の中央執行委員は、日本石炭鉱業協会とポスト八次の石炭政策について話し合ったその日の晩に、寝台特急に飛び乗った。九州の炭鉱から選出された委員には寝台特急一本で自分のヤマに帰れるものも居るが、離島の海底炭鉱の委員は連絡船に乗り継がないと帰れないものも居る。北海道の炭鉱から選出された委員も離島の海底炭鉱の委員同様に、寝台特急だけでは帰れない。青函隧道は、まだ供用されておらず、青函連絡船に乗り、特急列車を乗り継がなければならない。 九州も遠いが、北海道はさらに遠い。物理的距離もさることながら、心理的距離は物理的距離以上に遠い。この距離感が、これからの闘いに影響するのは間違い。昭和五十六年から始まったあの三大悪夢の時に、ヤマを救ってくれと東京都心で叫んだが、都会の喧騒にかき消された、あの苦い記憶を思い出す。青森に向かう車中で、これからの闘いの前途を考えると、一睡もできない…… 青函連絡船と特急列車の乗り継ぎも、連絡船の遅延や欠航等の問題が起きずにうまくいき、時刻表通りに順調に列車は札幌を目指す。いち早くヤマ元に帰りたいので途中駅で乗り換えたかったのだが、途中で乗り換えられる特急が満席で、終点の札幌駅で乗り換えざるを得ず、やきもきする。ヤマ元に帰り着いたのは、寝台特急に飛び乗った翌日の夕方だった。明日は、ヤマ元の執行委員に、残酷な内容を伝えなければならないのかと思うと、気が重くなる。 翌日、安岡春採炭砿労働組合の本部事務所では、炭鉱労中央執行委員に選出されて、東京の本部に詰めている執行委員が、ポスト八次政策の叩き台について、ヤマ元の執行委員達に説明する。説明を聞いているうちに、ヤマ元の執行委員達の顔から血の気が引いていく様をみて、改めてポスト八次の深刻さを再認識する。 「国内炭鉱は国民負担や産業界の協力を自覚すること。国内炭の需要は最終局面を迎えていることを理解すること。国内炭の供給及び需要目標は設けない。国内炭鉱の生産は段階的に縮小する。本政策をもって閉山交付金制度は廃止する」 国内炭鉱への最後通牒と言ってもいい内容に、ヤマ元の執行委員は言葉を失う。今までにない内容になるらしいと言う噂は聞いていたが、まさかここまでの内容とは思ってもいなかった。採掘条件が悪く、ガスが多く保安上も不利な石狩炭田の炭鉱に勇気ある撤退を勧め、炭価引き下げを条件に石狩炭田に比べれば採掘条件が良い海底炭鉱三山を、最低限度の電力炭確保の大義名分のもと残すのではないかと淡い期待を抱いていただけに、予想を裏切られた格好となった。 「戦後復興のために傾斜生産だと発破をかけたと思ったら、石炭が余っているから、価格が高いからと非能率炭鉱の買い潰し。スクラップ・アンド・ビルドを進めるのに企業ぐるみ閉山したら閉山交付金を上積みして雪崩閉山させたら、その後に石油ショックが起きて国内炭を増産してくださいと泣きついてきた。仕舞いに、用済みだから閉山しろだと!ふざけるな!人を馬鹿にするのも大概にしろ!」 と、昆布盛炭礦から親子三代で炭鉱マンをしている執行委員が、怒りを露わにした。
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