Afterwordは君の手で

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「あれ? 小雀くん、本見つからなかったの?」  兎さんに尋ねられて仕方なく頷いた。  結局文次郎を見つけられなかった僕はみんなが集まる場所、ヘルのプリンター前に戻ってきた。手ぶらで戻った僕に兎さんはけれど怒るでもなく肩をすくめる。 「運が悪かったのかな。ときどき所定の場所に無い本もあるんだよ。いいよ、それ私が集めてくるから」 「はい。――すいません」  もう一度探しに行ってみたところで結果は変わらない、白い本はすでに文次郎が持ち去ってしまっている。 (文次郎がいるかぎりまともに本も集められない)  こんな風に幽霊に妨害されるのは僕だけだろうか。  他のブッカームたちは今までどうやって乗りこえてきたのだろう。その答えは甲把が全員を集めたときにわかった。 「はいはーい、みんな注目! 全員そろった? たった今、上から連絡がありましたー。これから大口注文が入ります、全員で手分けして本を集めてきてくださいー。いつも通りに見当たらない本は後回しで、見つかる本だけをとりあえず持って行ってくださいー。小雀くんも悪いけど手伝ってね。無い本は僕に言ってくれればいいからー」  急に話を振られ慌てて頷く。 「見つからない本は、甲把さんにお願いすればいいんですね?」 「そうそう。ごめんねー、うちのフロアはほら、古書が多くて棚があんまり整備されてないからさあ。見当たらない本があってもそれが置き間違いか表示ミスなのかは、実際に調べてみないとわかんないんだよ。そういうのは僕がやるから、無いのは全部僕に回してくれればいいよー」  どうやらヘルでは本棚の整備がきちんとされていないようだ。  所定の場所に本を集めに行ってもそこに現物が見当たらないことがままあり、だから今まで文次郎が本を隠してもさほど問題にならなかったのだろう。最初からヘルはそういうものだとここのブッカームたちは諦めているようだった。 「なにか質問ある人ー?」  十朱が面倒そうに口を開いた。 「大口って、何冊水揚げするの?」 「ざっと三百冊だって。すごいよねぇ、いつもの常連さんと別だよ?」 「ふん。余裕よ!」  不敵に笑う十朱にも驚いたが、続く兎さんの言葉にはぎょっとさせられた。 「でも昼休憩まであと一時間ですよ? さすがにこの人数だときついです」 「んー、そうだねぇ。なんとかぎりぎりまで粘って、無理そうだったら上から人を借りてこよう。とりあえず僕らだけで頑張ってみるしかないけど。あ、水揚げにかかる時間については、量が多いから上にかけあっておくよ。一枚にどれだけ時間使ってもいいからねぇ」  これでいいよね? と確認する甲把に僕は絶句してしまう。 (三百冊ってことは、ここに五人いるから――ひと頭六十冊!?)  とても無理だ。ようやく地図を見て一冊ずつ集めている状態なのに。  手際よく本を探し出すにはヘルの地図と、どこにどんな種類の本があるかを頭に入れておかなければならない。 (どうしよう。とんでもないことになった気がする)  ぽん、と肩を叩かれていた。物集が横で静かに頷いている。 「……大丈夫だ。小雀はできる範囲でいい。俺たちだけでも集められる」 「そ、そうなんですか?」 「……ああ。三百冊なんて無茶な要望を出してくるくらいだ。少しくらい遅れても文句は言われない」  物集の言う通りかもしれない。そもそも無茶な要望なのだ。ひとりで三百冊読み切れる人がいるとも思えないし、本の貸し出しには上限もある。考えてみれば、この水揚げを依頼した人物はいったい何がしたいのだろう、謎だ。 (速読でもあるまいし。これはこれで嫌がらせ、か?)  甲把の後ろにあるプリンターから大量の紙が吐き出されはじめた。五台あるプリンターは休むことなく水揚げの用紙を印刷し続けている。 「よぅし。じゃぁ各人、台車持ってきてー。紙をある程度取ったら解散!」  適当な指示を出した甲把は、遠足にでも出かけるようにご機嫌だった。  ****  十枚ほどの紙を手に散り散りになるなか、僕は文次郎の姿を探していた。 「おーい、文次郎! 出てきて、話があるんだ」  フロアを下へ移動し、まわりに誰もいないのを確認しながら僕は小声で幽霊へ呼びかけ続ける。誰かに見られたら言い訳できない行動だが、それでもやってみる価値はあると思う。 (文次郎ならここの地図を覚えているんじゃ……?)  今の僕が自力で水揚げをするのは難しい。けれど文次郎に本を探すのを手伝ってもらえれば、より早く仕事を終えられる。 『呼んだか?』  地下二十三階、最下層部まで降りたとき、文次郎がようやく棚影から姿を現した。  涼やかな侍が悠々と歩いてくるのは、何度見ても幽霊らしくなく慣れない。 (もっとお化けっぽくすーっと現れたりしないのかな)  どうでも良い考えにとらわれつつ、せっかく現れてくれたのでここぞとばかり詰め寄った。 「この本を見つけるの、手伝ってほしいんだけど」 『ふん、どうして儂が』  掲げた紙束を見て文次郎は露骨に嫌そうな顔をする。 「頼むよ! ひとりじゃこんなに無理だし、困ってるんだ」  てっきりまた断られるだろうと思ったが、文次郎は数瞬「ふむ」と唸り、提案してきた。 『儂の望みを叶えてくれるなら良いぞ』 「なに? ……『水揚げするな』って言うのは困るんだけど」  文次郎はすると涼やかな目元をゆるませた。  生きた人間にしか見えない幽霊の望みは、まったく想像だにしなかったことだった。 『お主に手伝ってもらいたいのだ。実をいうとな、思い出せなくて困っておる』  自分が何者か分からぬのだ。そう、文次郎は眉を八の字にして笑った。
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