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僕がこの図書館の地下奥深く、かなり特殊な閉鎖環境である書庫なんかで侍の幽霊に追いかけられるようになったのには理由がある。
そもそもの経緯を辿れば夏休みの初めにまで話はさかのぼる。
七月の初頭、僕は大学の友人、雨宮(あめみや)と夏休みの計画について話していた。入学してから一年目の夏であるが、僕には残念ながら主だった予定が無かった。このひと夏をアルバイトで稼ぎまくるつもりだと話していたとき、諸悪の根源たる友人、雨宮がニヤリと笑い言ったのだ。
「それならおいしい仕事があるぜ? 図書館でのバイトだ」
「図書館?」
「実は俺が行く予定だったんだけど、急に海外に行くことになってさ。代わりに行ける奴を探してたんだ」
「お前、海外に遊びに行くのかよ。ずるいなぁ」
僕だって行けるものなら海外に行きたい……が、いかんせん先立つものは必要でありそれがない。つい妬まし気な声をあげてしまうと雨宮は焦ったように苦笑している。
「ちゃんとお土産買ってくるって! それにほら、おいしいバイトもこうして紹介してやってんじゃん」
「図書館のバイトのどこがおいしいんだ」
「よくぞ聞いてくれた! いいか、考えてもみろ。うちの大学の図書館の雰囲気を思い浮かべてみるんだ」
「なんだあ? 雰囲気って」
僕は首を傾げてしまった。
わが大学の図書館は基本的に静かだ。蔵書数はそろっているがあまり利用したことがない。すると雨宮はやれやれと首を振る。
「お前はわかってない。図書館ってのは基本暇だ。そうだろう? うちの大学の図書館を見てそんなに忙しそうに見えるか?」
「それはたしかに。そうかもしれないけどさ」
言われてみればその通りかもしれない。さほど利用したことはないが、大学の図書館で働く人たちが走り回っている様子はちょっと想像がつかない。そう考えてみると他の接客業に比べて随分と暇な職業なのかもしれなかった。雨宮はさらに図書館で働くメリットを力説してきた。
「おまけに冷房完備の室内仕事! 客は少なく無料で本も読み放題! こんなすてきな職場が他にあるか?」
思い返してみてもこのとき僕は気がつくべきだったのだ。
要領の良い雨宮がなぜセールスの押し売りのように仕事を勧めてくるのか。そんなに割の良いバイトなら、焦って雨宮が代わりを探す必要も無かったのだ。
けれど少し頭を回せば分かる程度の事実にも、そのときの僕はまったく気がつかなかった。むしろ条件の良いバイトを教えてくれた友人に感謝したくらいだ。仕事を喜んで受けることを伝えると、雨宮は顔を満面の笑みにした。
「そうかやっぱりな! いや、お前は良い奴だ。短期で二か月こっきりのバイトだし、夏休みにちょうど良いだろう?」
「うん、探してた条件にぴったりだ。それってどこの図書館?」
「『国立第一図書館』。近いぜ」
国立第一図書館。
聞いたことはあるが足を運んだことはない。基本的に僕は本を紙媒体では読まずに電子書籍を利用する派だ。自然と図書館なるものを利用する頻度も落ちてくる。
この機会に図書館へ足しげく通ってみるのもいいかもしれない、そう思った。なにしろ国立第一図書館は近くにあるらしいし、仕事内容も聞く限りでは好条件に思えた。
「じゃぁ、後はこの連絡先に電話してそっちでやり取りしてくれ。俺からもお前のことは言っとくからさ」
雨宮はカラリとした笑顔だった。思えばそれは厄介事を押しつけられてほっとした顔だったのだろうが、残念なことにこの時の僕は夏の予定が決まって喜んですらいた。
『国立第一図書館』。
それが常とは異なる図書館であるともつゆ知らずに。
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