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扉が閉まりエレベーターはけっこうな速さで下降していく。
頭上の階数表示を茫然と見上げていると、須磨が自慢げに口を開いた。
「どうだ、すごいだろう? 我が図書館は上に十五階、下は二十三階まで本でぎっしりだ。まぁ地下へ入れるのは俺たちブッカームだけだがな」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
多大な情報量に混乱してきてつい須磨の話を止めていた。
この図書館は確かにとてつもない規模だ、自分の知識不足は否めないがそれはいい。
それはいいとして、僕はこれからここの地下で働くことになるのか?
今日までなんとなく想像してきた図書館の仕事は、貸出しや返却という仕事だった。つまりは接客業をイメージしてきた。地下へ立ち入れるのが図書館の関係者のみだとしたら、その地下で僕は一体なんの仕事をさせられるのだろう。接客業ではなかったのか。
不安で分からないことだらけだが、一番気になっていたのは別のことだ。
「すいません。さっきから仰ってるその『ブッカーム』って何ですか?」
「おぉ、そういったことも含めて説明しなければならんか。ブッカームというのは、俺たちのように地下書庫で働く人間のことだ。うちの書庫は巨大でなぁ。迷路のように入り組む構図を自在に移動しなければならんから、まるで本の芋虫(ワーム)のような仕事というわけだ」
須磨の話によれば、国立第一図書館の書庫――つまり一般開放されていないフロアは地下三階から二十三階までだという。
地下書庫は非常に入り組み広大で、働き慣れた人間でも地図を持って移動しなければならないそうだ。
「すごいですね」
「だろう? 小雀も気をつけろよ。ベテランでも時々行方不明になるからな、地図を忘れるな。一生戻って来られないかもしれないぞ!」
須磨の話が冗談か本当なのか分からない……冗談であってほしい。須磨は快活に笑い飛ばしていた。
「まぁ大丈夫だ! 足さえ速ければなんとかなる仕事だぞ! 大体の内容はもう英から聞いてるんだろう?」
「いえまったく」
僕は神妙な顔つきになっていただろう。どうやらイメージしてきた仕事とはかなり違う職場らしいと察し始めたが、時すでに遅い。そもそも図書館で働くのに「足の速さ」を求められること自体がおかしいのだ。
須磨は驚いたようだったが、すぐに破顔した。こんがり日焼けして体格がいいので、なんとなく海賊を連想してしまう。
「それなら今からざっと説明しよう。どうせ今日は君の研修日だしな! 実地を通してやってみるのが何事も一番だぞ、何より今日は忙しいから細かく研修している時間がない!」
「はぁ」
なんだかすごく不安だ。「この人大丈夫かな?」という気分になってきた。
須磨と会ってまだ数分だが、彼の楽観的な性格はひしひしと伝わってくる。
僕はこの仕事を紹介してきた友人を呪った。雨宮め。
なにが「図書館は暇だろう?」だ、全然そんなことなさそうじゃないか。むしろめちゃくちゃ混んでたぞ!
図書館なのに走る必要のある仕事、つまりは完璧な肉体労働でそれも僕の希望とは異なる。イメージしていた「図書館ではみんなゆったりと座り働いている」、そんな楽な職場ではなさそうだった。来る前にしっかり確認してこなかった自分も悪いが、雨宮の「行けば分かる」的な説明も思い返せば酷かった。
「小雀くん、不安かな?」
窺うように須磨に見下ろされ、慌てて首を振った。まさか今さら仕事内容を知らなかったので帰りますとは言えない。それに稼ぐためにやって来たのだ、健康な男士大学生として多少の肉体労働があろうとも甘んじて受け入れ、我慢するしかない。
「いやその、ちょっとびっくりして。国立第一図書館ってこんなに大きかったんですね」
「『国立第一図書館』? ああ」
ポーンと音がしてエレベーターが到着する。地下十二階。
須磨は開いたエレベーターの外へ出てぽろりと呟いた。
「俺たちには愛称の方が馴染み深いな」
「愛称、ですか?」
須磨は僕に向かってピエロのようにお辞儀をしてみせた。顔を上げた彼は愉快そうに笑っている。
「ようこそ小雀くん、俺たちは君を歓迎する! 今日から君は蒐集型図書館、我らがブッカームの一員だ!」
蒐集型図書館(ビブロフィリアン・ライブラリー)。
そう言った彼をまず茫然と見て、とりあえずはエレベーターから降り、辿りついた地下十二階の様子をざっと見回し思った。
(とんだところへ来てしまった)
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